別人に異世界転生し婚約破棄されてしまった私ですが、平穏を手に入れました。
その日、学校からの帰り道、私は事故に巻き込まれて死亡した。
そして気づけば、私でない私になっていた。
私でない私、と言うと、少々分かりづらい表現かもしれない。つまり、私という意識は持ったままで、別人になっていたのである。身体だけ別人に変わった、という感じだ。
しかも、世界も変わっていた。
私が暮らしていた現代日本ではなかった。
もっとも、ここがどのような国や世界なのかは、分からないが……。
で、婚約者だという男性に呼び出される。
「やぁリュシカ、久々だね」
婚約者の男性はポットという名前らしい。
「あ……はい、お久しぶり、です」
ごめんなさい、あなたのことは知りません。
残念ながら私はリュシカではありませんので。
思いつつ、話を聞く。
「君との婚約だが、破棄とさせてもらうよ」
彼はそう告げた。
「え」
自然と声が漏れる。
リュシカ、彼女はとても美しい。
文句無しの容姿の持ち主だ。
そんな彼女を切り落とすとは、驚きである。
「君よりもっと愛らしい人に出会ったんだ、惚れてしまった。だからもう君との関係は終わりにしたい。君とは無関係になりたいんだよ」
失礼なことを言われている気がするが……。
「承知しました、では、失礼致します」
ひとまずそう言っておいた。
そもそもリュシカになったばかりの私には何もできないのだ。
事情も何も知らない人間が対応できるわけがない。
ポットから婚約破棄を告げられた私が入ったリュシカは実家へ帰ることを選んだ。
実家へ帰ってから、私は、リュシカの両親に記憶が怪しいという話をしてみた。
別人に変わった、とは言わなかった。
どうかしていると心配させてしまうかもしれないからだ。
すると両親は理解してくれた。
それから私は治療を受けることになった。
これは病気でないので治癒するとは思えない。ただ時間が稼げるのは大きいかもしれない。時間を稼げたなら、その間に勉強することができる。治療中にこの世界について色々勉強しておけば、現状よりかはまともになれるはずだ。
急にリュシカとなってしまった戸惑いはあるけれど、今はここで生きるべく努力するほかない。
◆
あれから数ヵ月。
私はリュシカとして穏やかに暮らせている。
リュシカには良い友だちが多かった。何人かと関わったが、皆、私の事情を知ってもなお仲良くしてくれて。心配してくれ、支えてくれ、こちらが困っている時にも優しくて、とても良くしてくれた。
こんな良い友人がいるのだ、リュシカもきっと素敵な人だったのだろう。
意外な形でこうなってしまったが、今は後悔していない。
むしろ、ここへ来て良かったかもしれないと思うこともあるくらいで。
毎日とても楽しい。
ちなみにポットはというと、あれから惚れていた女性と結婚したそうだが、暮らしの中の些細なすれ違いによって不仲になってしまったそうで毎日ギスギスしているそうだ。
また、可愛らしく優しい女性だった妻は結婚した瞬間急に気が強くなったらしくて。
今では、ポットが理不尽に当たり散らされるのが普通だそうだ。
最近ではポットは家にいるのが嫌になってきたそうで、数人の女性と不倫しているという噂もある。
どうなることやら……。
◆終わり◆