思っていたほど美しい心の持ち主ではなかった? それが婚約破棄の理由ですか? まぁいいですよ、どうぞご自由に。
「君は僕が思っていたほど美しい心の持ち主ではなかったようだ。よって、君との婚約は破棄とする」
意味が分かるだろうか? いきなり婚約者からそんなことを言われて。突然心の美しさが何とか言われ婚約を破棄されるのだ。何がどうなっているかなんて理解できるものだろうか? そして、それに納得できるものだろうか? ……そんなのは誰だって無理だろう。こんな目に遭って話についていけないし納得もできない、というのは、私だけではないはずだ。
「ええと……よく分からないのですが、ようは、婚約を破棄するということを告げていらっしゃるのですね?」
とはいえ、ここであれこれ言ったとしても、きっと受け入れてはもらえないだろう。
さらに嫌われるだろうし。
厄介な女と思われるのが関の山だろう。
「ああそうだ」
「そうですよね……そうですね、分かりました。それでは私は去ります」
「ああ、そうしてくれ」
「はい……では、失礼します」
美しい心とか何とか、私にはよく分からない。
けれども私は去ることを選んだ。
それは、あのまま彼のもとにいても、大事にしてもらえないし彼を大事にもできないと思ったからだ。
仲が悪いのに一緒にいる必要なんてないだろう。
今ならまだやめられる。
だから私は選んだ――彼とは共に生きない、その人生を。
ちなみに彼はというと。
すべてを知った権力者である私の父によって命を奪われることとなった。
というのも、父が命令を出し、勝手に彼を殺めたのである。
彼は自室にいたところ何者かに誘拐された。そして、山奥の小屋へと連れていかれた。そしてそこで完全に密閉した状態の室内で薬を焚かれ、そのまま亡くなったのである。
悲しい結末ではあるとは思う。
けれども私は振り向かない。
たとえ、行いのすべてが正義でないとしても。
◆
もう何度も四季が通り過ぎた。
私は二児の母となり、穏やかに暮らしている。
「ママ! これ食べたい!」
「クッキー? 後でね。今は食事を優先しなさい」
「ええー」
「ほら、それはそこに置いておきなさい」
もちろんとても忙しい。
泣きたい日もあった。
けれども何度も心を新たにして立ち向かってきた。
「スプーンの柄、間違ってるよー!」
「え? それじゃなかったの?」
「ちーがーうー! ましまろまんがいーいーのぉーっ!」
「ええー……」
「これは納豆菌太郎だもん! 嫌! 変ーえーてー!」
「はいはい、待ってて」
そしてこれからも。
一つずつ段差を壁を乗り越えて進んでゆく。
◆終わり◆




