婚約者がいるのに自宅の自室で他の女性と二人きりになっていちゃついているなんてどうかと思いますよ。
「愛してるんるん愛してるん~、お前が一番かわいいよ~」
「えへへぇ~」
「俺のこと、好っきかぁ~?」
「好き好き好っきん、大好っきぃ~ん」
その日私は見てしまった。
婚約者ルベインが自宅の自室にて女性といちゃついているところを。
長くてうねった金髪の女性、その人を私は知らない。
ま、それはいいとしても。
女性はまるで下着のような薄いワンピースだけしか身につけていない――そんな恰好でよく異性の前に出られるな、と思ってしまう。
「ルベインさまぁ~もぉ~っとかわいがってくださぁ~い!」
「なら一緒に歌おうよぉ?」
二人は音程さえ怪しい歌声を響かせる。
「「愛してるんるん愛してるん~、互いが互いを愛してるぅ~ん、愛してるんるん愛してるん~愛してるんるん愛してるん~、奇跡の出会い、愛してるぅ~ん~」」
見ていられない……。
私はもうルベインをそういう目では見られない。
だってこんな痛々しい姿を見せられてしまったのだ。
婚約者がいる身でありながら別の女性、しかも薄着の女性と、自室で二人きりで怪しい歌を……。
申し訳ないが理解できない。
「ルベインさん、何をしていらっしゃるのですか?」
勇気を絞り出し、二人の前へ出ていく。
「これは一体どういうことです?」
ルベインは青い顔をしている。
金髪の女性は困惑したような面持ちだ。
無理もないか、いちゃついているところに婚約者が現れたら。
「なっ……どうしてお前がここに……!?」
確かに、急に訪ねたことは事実だ。
でも私は婚約者。
お互いの家へ行くことくらい珍しいことではないし彼の親からの許可は得ている。
「随分楽しそうですね」
「ち、違う! 誤解だ! 浮気ではない!」
「私……浮気、なんて、言いました?」
「ぐふっ」
愛してるんるん愛してるん~、なんて、馬鹿みたい。
「ま、どうやら、そういうことのようですね」
「うぐぐぬん……」
「そういうことと理解しましたので、私はこれで。去りますね。婚約は破棄です! さようなら、ルベインさん」
きっぱり告げてやると。
「まっ、待って! 待って待って待って! 待ってよ待ってよ、お願い、どうか待って! 勘違いだから! 勘違いだってばぁ!」
近くにいた女性を払い除け去りゆく私を追いかけようとした彼は、床に落ちていた生地を伸ばすような棒につまづいて転び、頭を打って死亡した。
◆
その後私は麺職人への道を歩むこととなった。
きっかけは友人が営んでいる麺を含む料理を多く出す店で手伝いを始めたこと。店で働いているうちに麺づくりに興味が出てきて。友人や麺職人の人にそのことを相談してみたところ、習えることとなった。
そして、修行開始から十五年――私はようやく師匠である麺職人から「素晴らしい!」と言ってもらえた。
その後私は麺をデザートにする技術を生み出し、それを主とした店を開いて、大金持ちと言われるような存在になることができた。
結婚する道は選ばなかった。
なぜならやりたいことをしていたかったからだ。
恋は何度かあった。
でも結婚するところまで進める気はなかったのだ。
私はこれからも麺と共に歩む。
それがこの私の人生だ。
あ、そうそう、これはあの婚約破棄からしばらくした頃に聞いたことなのだが。
ルベインに手を出していたあの女性は、ルベインの死を見てしまったことで体調を崩し、凄まじい吐き気と頭痛に常に襲われるような体質となってしまったそうだ。
気の毒に――普通ならそう思うところだが、悪いが彼女に対してはそうは思わない。
だって、婚約者がいる男に手を出したのだ。
すべきことでないことをしたのは彼女。ということは、彼女の身に何かが起きたとしても、それは自業自得のようなもの。どうなろうが私には関係ないし知ったこっちゃないのだ。
◆終わり◆




