春が訪れるたびに思い出す――過去の、あの、婚約破棄を告げられた日のことを。
今年もまた春が来た。
春が訪れるたびに思い出す――過去の、あの、婚約破棄を告げられた日のことを。
いつものように婚約者に呼び出されて、深く考えず彼の家へ行った。するとそこで告げられたのは婚約の破棄で。しかも、彼の隣には、既に私ではない女性がいて。しかも、彼と女性はとても仲良さそうにしていて、わたしだけ仲間外れみたいで。
あの日、あの瞬間は、とても切なく虚しかった。
だってそうだろう?
愛していたのは私の方だけで。
彼は私のことなんてちっとも愛していなかった。
その真実を知らされて喜ぶものか?
そんなわけがない。
私の場所にいたのが誰だったとしても、こんな悲しい真実を突きつけられたなら悲しみに心を縛られただろう。
その後二人は急ぐかのように結婚しすぐに不仲となって離婚したらしい。
でもそんなことはどうでもよくて。
私にとっては、一方的に切り捨てられた事実だけがこの身を削ぐ残酷な刃なのだ。
けれども。
どれだけ傷つこうともどれだけ心暗くなろうとも時が止まることなどなくて。
時は確かに流れてゆく。
残酷なほどに、淡々と、着実に。
そして私は今王子の妻となっている。
現在の立ち位置に不満はない。
夫も、彼の親族も、私を可愛がってくれるから――とても良い環境に身を置けていると思っている。
恵まれた場所で生きられることとなった運命には感謝している。
だってここは誰もが立てる場所ではない。
限られた人しかたどり着けない立つことのできない、そんな場所だ、ここは。
だから私は不幸ではない。
むしろ幸運だったのだ。
色々ありはしたけれど、総合的に見れば、かなり運が良い人間だったのだと思う。
それでも時に思い出すことはある。
春が訪れるたびに――過去の、あの、婚約破棄を告げられた日のことを。
◆終わり◆




