愛おしい人と隣り合いながら思い出していたのは、彼との出会いの記憶でした。
「ねぇ、まだこうしていてもいい?」
そう問えば。
「もちろん。いいよ」
そう返してくれる彼。
アイビー、彼と出会ったのは、今から二年ほど前のことだった。
◆
アイビーに出会ったのは、当時婚約していた青年アウフから婚約破棄を告げられ悲しんでいた日の晩だった。
絶望に染まった私は意味もなく夜の街を歩いていて――そんな私に声をかけてくれたのが彼だった。
彼は私に対して悪いことは何もしなかった。私が弱っていることを知っていて、それでもなお、手を出すようなことはせず。一晩、そっと、寄り添ってくれていた。必要以上のことは言わず、けれども近くにいてくれて。
あの日、私は、彼がいてくれたから死を選ばなかったのだと思う。
その後アウフはある事件に巻き込まれ長期にわたり監禁され続けた果てに殺害され、彼とはもう二度と会うことはなくなったけれど、それでもこの胸に刻まれた傷はなかなか癒えなくて。
困っていた時、アイビーは言ってくれた。
「よければ……一緒に生きてくれない、かな?」
そして私は彼と行く道を選んだ。
◆
「……今何を考えてる?」
隣にいるアイビーが声をかけてくる。
穏やかな笑みを唇に浮かべながら。
「アイビーと生きる道があったことに気づいた時の」
彼の水色の瞳を見つめ、微笑み返す。
二人で並ぶ時間は穏やかそのものだ。
「ああ、それかぁ」
「ええ」
「……嫌な思い出、かな?」
「まさか! 良い記憶よ! そうに決まってる!」
「あはは、良かった」
彼が軽やかに笑うところが好きだ。
何だかとても爽やかで。
彼のその笑みを目にする時、私はいつも、癖になるような独特の魅力を感じるのである。
「これからもよろしくね。ずっと……」
「もちろん!」
「たとえ辛いことがあったとしても……」
「大丈夫だよ、きっと乗り越えられる」
「貴方にそう言ってもらえると嬉しくなるわ」
私はアイビーと共に生きてゆく。
だから明るい未来を見ていることができるのだ。
過ぎた過去は、過ぎ去ったものでしかない。
負の意味で振り返るのはやめよう。
◆終わり◆




