俺には相応しくない、そう言われ、湖の畔にて婚約破棄されました。~そして彼は終わりました~
「お前みたいなやつ、俺には相応しくない」
婚約者エルリッツに呼び出されたのは、湖の畔。
静かで美しい場所。
でも彼が私を呼び出すのは珍しいことなので、正直あまり良い予感はなかった。
「相応しくない……ですか」
「ああ。だってお前は俺に従わないことが多いだろう? 女のくせして俺に逆らうなんて、どう考えてもどうかしてやがる」
一人息子のエルリッツは、ずっと母親が言いなりになっていたこともあってか、女性は自分に従うものと強く思いこんでいる。それを感じさせる言動はこれまでにもあった。だから今さら驚きはしない。彼がそういう人であることは以前から知っていたのだ。
「よって、婚約は破棄とする」
彼は冷ややかな目つきで口を動かした。
風が吹き抜ける。
髪が揺さぶられた。
「婚約破棄……」
「ああそうだ分かったか」
「そうですか」
「嫌か?」
「いえ……」
曖昧な返ししかできずにいると。
「泣いて謝るなら、ここで土下座して俺に頭を軽くでも踏ませるなら、これまでの無礼は水に流してやってもいい」
エルリッツはそんなことを言い出した。
何やら楽しそうな活き活きした表情。
しかもはすはすというようなあまり凛々しくはない呼吸音を派手に鳴らしている。
「結構です。では私はこれで。失礼します」
謝る気はない。
なぜなら悪いことをしたと思っていないからだ。
謝るのはこちらに非があった場合である。
謝ってほしい、などという、彼の身勝手な欲望に応えることは私にはできない。
「ま、待て!」
その場から去ろうと歩き出した私を追いかけてくるエルリッツ。
切り捨てるのではなかったの?
なぜ追ってくるの?
私には理解できなかった。
「待て待て待て!」
婚約は破棄となり、関係は終わったはず。
今さらどんなつもりで「待て」なんて言っているのか。
だから私は待たない。
――刹那、背後からどぼぉんっというような水に何かが落ちるような音が響いた。
「ぎゃ、ぎゃああ! ああああ! た、たす、たすっ、助けてぇ! 水に、み、み、み、水にぃっ! はまったぁ!」
エルリッツは湖に落ちていた。
ずぶ濡れになっている。
しかも、混乱して過剰にじたばたしているために、どんどん沈んでいきそうになっている。
「し、しずっ、しずずずずずずず……、しっしず、沈むっ! 助けて! 助けてくれえっ! 頼む、頼む頼む頼む、助けてよぉっ!」
彼は叫んでいたけれど、私はそのままその場から離れた。
助ける気なんてなかった。
だってもう他人だから。
否、私にとって彼は他人以下の存在――その彼がどんな目に遭っていようが知ったこっちゃないのである。
後日、私は親からエルリッツの死を聞かされた。
「あの子、湖で溺れて亡くなったんですって」
母が教えてくれた。
今に始まったことではないが、彼女はかなりの情報通だ。
いつもいろんな情報をどこからか仕入れてくる。
「そう……」
友人でも知人でも、亡くなったと聞けば大抵はショックだ。
でも今回は別。
彼に関してだけは、衝撃はないし、悲しくもない。
「そういえば確か、小さい頃、かなり水を怖がっていたわね」
「ふーん」
「でも、婚約破棄されていて良かったかもしれないわね。危うくこちらまで巻き込まれるところだったものね」
「そうね、お母様の言う通りだわ」
◆
数年後、私は、母からの紹介で元王族の男性と結婚。
今は夫婦で一つの屋敷に住んでいる。
そこでは家事はほとんど係の者がこなしてくれるので、私がしなくてはならないことはほとんどない。
なので、自由な時間が多くある。
何もするでもない時間には、大体、本を読んだり絵を描いたりしている。
◆終わり◆




