どうしてそんなに海を嫌うのですか? とても美しいではないですか。ですがまぁ、理解してもらえないならそれでも構いません。
この町では海は恐ろしいものとされている。
だが私は海が好きだ。
親が珍しく海好きだったために私は幼い頃から海の近くでよく遊んでいてそのため気づけば海に慣れ親しんでいたのだ。
だが、それが足を引っ張るような時もあるもので。
「お前! また海に出ていたそうだな!」
「はい」
婚約者アズール、彼もまた海を嫌う人の一人だ。
己が近づかないだけなら良いとは思う。個人の考えだから。でも彼は他人にまであれこれ言ってくる。そういうところは少々不愉快だ。他者の行動にまで口を挟まないでほしい。
「二度と海に近づくなと言っただろう!」
「無理ですと言ったはずです」
「はぁ!?」
「海に近づくことをやめることはできない、そう申し上げましたよね」
「ぐっ……ふ、ふざけるな! あんなの! 本気じゃないと思うに決まっているだろう!」
きちんと聞いていなかったのかもしれない……。
「まぁいい! よって、婚約は破棄とする!!」
「ええっ」
「海は邪悪なところだ。そんなところに近づく女なんぞ、家に入れることはできない。そのようなことをすれば、我が家にまで海の呪いがかかってしまう」
海の呪い、なんて、あるわけがない。
だってあんなに綺麗なのに。
地上以上に美しいあそこに呪いがあるとしたら、美し過ぎて心を奪う呪い、だろうか?
でもそんなものはない。
海の近くで育ったけれど呪いがかかったこともないし。
「ではな。消えてくれ、海の魔女」
「魔女っ!? 何ですかそれ!?」
「海が好きな女なんぞ魔女だろうが。真っ当な乙女ならそのようなことはしないんだよ」
「確かに珍しいかもしれませんけど……」
「うるさい! もう何も言うな! 消えてくれ!」
アズールは両手でそれぞれ耳を塞ぎながら叫ぶ。
きっと何も言っても無駄だろう。
彼の耳には私の言葉なんて届かない。
「分かりました。では、さようなら」
◆
その後私は海でウニを取ることに成功し、地上の人たちにウニブームを巻き起こした。
最初は皆ウニを嫌がっていた。怖いとか気持ち悪いとか言って。中には、海の魔女の手下、などと言っている人もいた。でも少し食べると誰もがその美味しさに惚れて。一度口にしたなら何度もでも食べたくなっていた。
それによって私と私の家は大金持ちになった。
すべてはウニのおかげである。
◆
ウニによって大金持ちになった私は、近隣領地持ちの家の子息と結婚し、今は彼と二人新しい家で楽しく暮らしている。
「今週のウニの獲れはどう?」
「順調よ」
家柄が少し異なる二人だった。
でも関係は悪くない。
友のように関わり合えている。
夫は身分をあまり気にしない人だ。だから私を見下すようなことはしない。私のことを一人の人間として見てくれるし、どんな時でも敬意を持って接してくれる。だからこそ良い関係を築けているのだと思う。
「もっと増やす?」
「駄目。今以上増やすことはできないわ」
だからこそ、私も、彼に相応しくあれるよう意識して振る舞っている。
どんな時も最低限の敬意は忘れない。
その重要性を教えてくれたのが夫である。
「でもまだあるんだろう?」
「自然のものよ、獲り尽くしてはいけないの」
「そういうものか」
「ええ。獲り尽くしてしまったら次が増えづらくなるの。だから駄目」
「そっか、そうだよな……うん、分かったよ」
「ありがとう」
ちなみにアズールはというと、あの後美容グッズ販売を仕事としている女性と結婚したそうだが、夫婦になるや否や喧嘩が絶えない夫婦となってしまったそうで――数ヶ月も経たずアズールが家出することとなったそうだ。
で、家出中に山賊に襲われ、アズールは死亡したらしい。
◆終わり◆




