一度は婚約破棄しておきながら、私が大成したらやり直そうと近づいてくるのですね。~そのようなことはお断りです~
「お前のような地味な女とはもうこれ以上やっていけない!」
その日は突然やって来た。
災害のように。
何の前触れもなく訪れる瞬間。
「地味だからというだけで判断してはいけないと、もしかしたらもっと良いところがあるかもしれないと、そう思って今まで付き合ってきた。婚約を受け入れたのも、もしかしたら、という思いがあったからだ」
紺色の上下を身にまとった婚約者ヴィテリは冷ややかな眼差しをこちらへ向けながら言葉を紡ぐ。
「だが――結局、結婚するに相応しい素晴らしい部分は見つからなかった」
「そう、ですか……」
「お前と結婚しお前と共に生きてゆく、それを考えた時、俺には絶望しかなかった。だから決めたのだ。悪いが、お前との婚約は破棄とする!!」
ヴィテリは落ち着きながらも鋭い調子で発した。
そうか、私は駄目だったのか……。
良いところがなかった……。
彼に相応しくないと思われてしまったのか……。
きっと彼も色々考え悩んだのだろう。そしてこういう答えを出したのだろう。だとしたら私は。私は、彼に、あれこれ言うことはできそうにない。彼が出した答えに私があれこれ言うことはきっとできないし、それで何かが変わるわけでもない。説得などもはや無駄だろうし。
「承知しました。では……私はこれで、失礼します」
「ああ。今までありがとう」
どうして――どうして今になって、ありがとう、なんて言うのか。
辛いではないか。
今さらそんなことを言われたら。
◆
あれから私は親の勧めで舞踊を習い始めた。
この国の伝統舞踊。
婚約破棄された辛さから逃れるには、何かに打ち込むのが一番だった――ということで舞踊に集中して打ち込んでいたところ、私はみるみる地位を上げていくこととなった。
そして、習い始めてから二年も経たないうちに、注目の若手舞踊家として有名人になった。
それからは色々仕事が舞い込んでくるようになった。
私はひたすらそれをこなしていく。
そのうちにさらに有名になってゆき、気づけば道行く人にも気づかれるくらいになっていた。
そんなある日。
「久々だな」
「え」
「舞踊家として大成したそうじゃないか」
「あ、はい、そうですね」
ヴィテリが目の前に現れた。
「今なら結婚しても構わないが、どうだ?」
彼は今さらそんなことを言う。
でも無意味だ。
もう彼のところへは戻らない。
彼への感情はとうに消え去った――もう彼と付き合っていく気はまったくない。
「すみませんが、仕事が忙しいですしその気もありませんので、お断りします」
「なっ……」
「それに、相応しくないですよ。ヴィテリさんはヴィテリさんに相応しいもっと素晴らしい女性と幸せになってくださいね」
笑顔で告げ、彼を拒む。
私は彼のところへは戻らない。
「さようなら。もう二度と会いません」
◆
後日、ヴィテリが落命したと聞いた。
彼は私の拒否された日以降荒れていたようで、親と一緒に住んでいる家にて、大量の酒を飲んでは暴れ回ったり踊り狂ったりするというようなことを続けていたそうだ。
だが、ある晩、酔っ払って暴れていたところ階段の上で足を滑らせてしまって、そのまま下の階にまで転がり落ちてしまったそう。
ただ、それだけならまだ死には至らなかったのだろう。
だが運悪く置いてあった大きな壺に頭から突っ込んでしまったそうで。
打ちどころが悪く、彼は亡くなってしまったらしい。
けれど、両親は、彼の死を悲しまなかったそうだ。
息子の行動に困り果てていたから。
両親は彼の死を密かに喜んでいたようだ。
一方、私はというと、業界で知り合った人と結婚した。
ただ踊りは続けている。
夫が仕事を辞めないことを認めてくれているからだ。
だから私は今日も舞う。
◆終わり◆




