街の市場にて威勢よく婚約破棄を告げてきた婚約者でしたが……?
「フィエリシア・レミストレンジ! お前との婚約は、本日をもって破棄とする!!」
告げられたのは街の市場であった。
無関係な人もいるその場所で、婚約者カイはそのようなことを言ってきたのだ。
これは新手の嫌がらせか?
そんな風に思ってしまうくらいである。
「お前は、顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ顔だけ、の女だった」
カイは不気味なくらい『顔だけ』を何度も繰り返した。
それに加えて血走った目を剥いている。
まるで悪魔か何かにとり憑かれているかのようである。
異様な雰囲気は周囲の通行人にも伝わっているようで、皆、見なかったことにしたような様子でさりげなく立ち去ったり通ったりしていた。
「顔しか取り柄のない女、フィエリシア、俺には相応しくない。俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には俺には相応しくない!!」
刹那、光の球が飛んできて――カイの頭蓋骨を左側から撃ち抜いた。
その場で崩れ落ちるカイ。
頭から血を流して地面に倒れている。
「えっ――」
視界に入ったのは、一人の男性だった。
彼は柔らかく微笑んでいる。
カイを、人を、殺したところだというのに。
「失礼、その男性は悪魔ですよ」
「え、あの……」
「厳密には、悪魔に憑かれ人格を奪われた、に近いですかね。ま、どのみち本来の人格を取り戻すことはできなかったでしょう」
確かに、おかしな点はあった。それこそ何かが憑いているかのような。でもそこに焦点を合わせることは難しくて。だから目を逸らしてきた、無意識に。
「お知り合いなら残念ですが、悪く思わないでくださいね」
◆
カイはあの日死んでしまった。
婚約破棄を告げた直後に。
けれどもそれで良かったのかもしれない。
彼と離れたから夫に出会えた。
あのままカイといたなら今の夫には出会えなかっただろう。
「クッキー焼いてみたヨォ!」
「わ! 美味しそう!」
「これは可愛い妻に贈るヨォ! ……どうカナ? 嫌カナ?」
「貰うわよ、もちろん」
「やっヒュほぉぉぉぉォォーッイ!!」
私は彼と生きてゆく。
どこまでも陽気でユニークな夫と。
◆終わり◆




