いちいち不快な思いをさせてくる婚約者がいましたが、婚約破棄を告げてきたので、お別れすることにしました。
激しい雨が降っている日、私は、婚約者オールドガインに呼び出された。
彼は濡れながら呼び出しに応じた私を見て馬鹿にしたように笑う。
それはとても感じが悪くて。
けれどもだからといってやめてくれと主張することもできず。
嫌でも傷ついてもただ耐えるしかなかった。
「本当に来るとはねぇ」
「用事、なのですよね? そう聞きましたが」
「あはぁ、真っ面目ぇ」
「用事があるのならそれを話してください」
「まぁいいよ? じゃ、話すね。……婚約のことだよ、婚約を破棄することにしたんだ」
えっ、とこぼしかけて、直前でとめる。
そんな反応をしたらきっとまた笑われる。
それは嫌だ。
だから平静を装わなくてはならない。
「そう、ですか」
取り敢えずそれだけ返しておく。
「あっははぁ。悲しい? 今どんな気持ちぃ? 嬉しい? 絶望? 泣きそう? あ、それか、何も考えられないくらいの衝撃とかぁ?」
なぜいちいち要らないことばかり言うのだろう……。
「分かりました。では私は帰りますね」
「理解が早いねぇ」
「もう良いですよね」
「いいよぉ? あ、もしかして、今怒ってるぅ? こんなことで雨の中呼び出されたなんてーって悔しがってる?」
もう関わりたくない。
いちいち鬱陶しい。
オールドガインのことなんて……だいっきらいだ。
「雨の中ここまで来て、おっつかれぇ!!」
去りゆく私の背中に彼がかけたのはそんな言葉だった。
最後まで彼は優しくはなかった。
彼はどこまでも心なく。
まるで悪魔であるかのように、私の傷つけ、私を不快にさせた。
でも――婚約が破棄になればもうオールドガインに会わなくて済む。
そう思うと嬉しい部分もあった。
不快な顔。
不快な声。
不快な口調。
どれにも触れずに生きてゆけるなら。
そんな爽やかな未来もありだろう。
今はそう思う。
◆
あれから十年、私は二児の母となり、家庭で穏やかに暮らしている。
夫は国境警備隊所属の男性。
そのため彼は家にいないことも少なくはない。
けれども時折再会できれば抱き締めあえる。
常に一緒でないからこそ、愛は確かだと思えるし、会うたびに互いを大事に抱き締めることができるのだ。
「ただいまー!」
「うわっ」
離れている夫婦と言うと良く思われないかもしれないけれど、案外良いものだ。
常に一緒にあることだけがすべてではない。
夫婦にも色々な形がある。
十組の夫婦があれば十通りの関係性や関わり方がある。
想い合えているならそれだけでいい。
私はそう考えている。
だから、私は、彼と夫婦になれて嬉しい。
「え、何それ?」
「ごめんなさい……急だったからびっくりしたの……」
「声大きすぎたかな」
「そうね。連絡なく帰ってきたうえいきなり大声を出されると、ちょっとびっくりしてしまうわ」
「ごめん……」
腕を絡め、身を添わせ。
軽く抱き締める。
心を宙に絵に描いて見せるかのように。
「いいのよ次から気をつけてくれればそれでね」
「ありがとう。……ただいま、愛しい貴女」
ちなみにオールドガインは、あの後、裏社会の人の妻である女性にうっかり手を出してしまったうえ相手の男性に注意されても煽るような行動を繰り返し続けたために、酷い目に遭うこととなってしまったそうだ。
◆終わり◆




