その恋は一度終わってしまいましたが、婚約者が婚約破棄を告げてくれたために再び始めることができました。
私の恋は始まる前に終わった。
なぜなら婚約者をあてがわれてしまったからだ。
「貴女はイリスさんと結婚するのよ、これは決定事項だから。……いいわね? 嫌われないようになさい」
母が気に入っている男性イリスと婚約させられた私。
イリス自体は関係ないし罪もないのだけれど。
それでも悔しかった。
選択の自由を奪われたような、そんな気がして。
「婚約破棄されるようなことにならないよう気をつけなさい、彼の言うことはきちんと聞くのよ。それでなくとも貴女は美人でないのだから、捨てられないようにね」
私には好きな人がいたのに。彼と生きられるよう努力してみようと思っていたところだったのに。母の勝手な決定ですべてをなきものとされてしまった。私の恋はなかったものにされてしまった。
――言いなりになんてなるものか。
まだ折れたりしない。
きっとこの檻から逃れてみせる。
そして行くのだ。
己が望む、希望の未来へと。
◆
婚約から二ヶ月。
ついにその日が来た。
「君との婚約だが、本日をもって破棄とさせていただく」
イリスが告げてきたのは婚約破棄。
だが衝撃も絶望もない。
むしろこれは幸福な未来への第一歩。
母には以前「婚約破棄されるようなことにならないよう気をつけなさい」と言われたけれど、そんなことは関係ない。私は私の望む道を行く。そのためなら、母にかけられた言葉の通りにできなくとも構わないはずだ。
「僕といる君を見ていたら気の毒に思えてきたんだ、憂鬱そうで。君は多分、この関係を望んでいないのだろう? 分かるよ。だから終わりにしよう。望まない関係なんてお互いのためにならないから」
◆
その後私は実家へは戻らなかった。
しばらく昔の友人の家に住まわせてもらい、そこで働きつつ、恋していたあの人に接近――一度は終わった恋だけれど、その恋は再び幕開けた。
そこからの進展は早く。思っていた以上の速度で私たちは結ばれた。互いを想い合うようになるまでの時間は短かった。けれど、それでも、私たちは確かな関係を築いていた。
そして彼と結婚するに至る。
噂によれば母はかなり怒っていたようだが、縁を切ったのでもう関係ない。
◆
あれから数年、一度実った恋は今もこの手の内にある。
私たち夫婦は毎日を楽しく過ごせている。
何が嬉しいって。
やはり、想い合う相手が傍にいることだろう。
「明日誕生日だっけ?」
「ええ」
「素敵な贈り物を用意しないと、ね」
「いいのよそんなの」
この先、すれ違うこともあるかもしれない。でも、それでも、きっと共に歩めるだろう。すれ違っても、ぶつかってしまっても、また仲直りすればいい。そうやって築かれてゆく関係というのもあるだろう。
「ダメダメ! 贈り物くらい用意しなくちゃ!」
「……ごめんなさいね、気を遣わせて」
「気にしないでよ、贈り物を用意するって結構楽しいから」
「ありがとう」
「楽しみにしていてね」
「ええ」
ちなみに、かつて私を言いなりにしていた母は、私が家から出ていくとこき使える相手がいなくなったためにストレスを溜めたようだ。で、夫や息子に当たり散らすようになり、そんなことを続けていたある日、ついに我慢しきれなくなった二人から物理的な反撃を受けてしまったらしい。そう、殴られ蹴られ物を投げつけられ、というようなことをされたそうなのだ。で、その暴行によって、母は亡くなったそうだ。
◆終わり◆




