婚約破棄され悪いところをたくさん言われた私は崖から身を投げようとしたのですが――。
「お前との婚約、破棄することにしたよ」
その日は雨降りだった。
けれども彼に呼び出されて。
その時は嬉しかった。
彼の脳内に私という存在はあるのだ、そう思えたから。
でも間違いだった。
「もう終わりにする。お前とは歩まない」
呼び出されたのは終わりを告げるためだったのだ。
「そもそも、さ。お前との婚約を決めたのは親だしさ。俺はもともと好きじゃなかったんだ。まぁ自分でも分かるだろ? お前に俺が好きになるような要素があるわけがない。お前だって、さすがに、自分でも分かっているだろ」
一瞬でも喜んだ自分が馬鹿みたい。何も知らず浮かれて。明るい未来を期待して、楽しい気分になって……愚かだった自分に腹が立つ。愛されるはずもない、構ってもらえるはずもない、でもそれを見ようとしなかった自分の愚かさ。どこまでも呆れる、自分で自分を憎く思ってしまう。
「貧相な身体つき、中の中の顔面、忠実でない、性格もぱっとしない、華がない、あれこれうるさい、寛容さがない、尽くしてくれない、家事に鳴れておらずその技術もない――お前は女性として終わってるんだ」
こうして私は彼に捨てられた。
もう戻れない、婚約破棄されてしまったから。
◆
その日の晩。
もうこの世には別れを告げようと思って近所の崖へ向かった。
雨は既にやんでいるけれど、地面はまだ若干ぬかるんでいる。昼間の雨のせいだろう。でもぬかるんでいる方がありがたい、たまたま滑って落ちてしまったかのように見せられそうだから。
昔は分からなかった、なぜ人は時に自ら死を選ぶのか。
――でも今は分かる気がする。
上手く説明はできない。
理論ではない。
けれども今は死を望む理由が分かる気がする。
私は地から足を離し身を投げる――が、次の瞬間、身体がとまった。
「何してるんですか!」
宙を降下していくはずだった。
でも違った。
身体はまだ崖の上にある。
知らない人に手首を掴まれていたのだ。
「……離して」
このままでは死ねない。
「駄目です! やめてください。危ないです!」
「もう……もういいの、離して、そっとしておいて……」
覚悟したのだ。
終わりにすると。
誰も邪魔はできない、誰、も……。
「飛び降りないでください!」
強く訴えられる。
心が揺れる。
決意したはずなのに。
「放っておいて!!」
「絶対駄目です!!」
その人は鋭く言い放った。
そして重なる視線。
「……取り敢えずで構わないので、戻ってきてください」
◆
あれから三年五ヶ月、あの晩崖で引き留めてくれた彼と夫婦となり、今は穏やかな日々を生きることができている。
一度は捨てようとした命。
けれど彼のおかげでここまで続いた。
私はもう――この命を勝手に投げ捨てはしないと誓う。
彼と共に歩むなら。
きっとこの命を大事に抱えていられる。
命をごみのように扱ったりはしない。
◆終わり◆




