元婚約者の彼は母親をコントロールできなかったために滅ぶこととなってしまったようです。ま、もう無関係なのでどうでもいいのですが。
「あなた、どこまでも地味な女ね。我が家に相応しいとは思えないわ」
思えば、三つ年上の男性ルイゼントと婚約してから、ことあるごとに彼の母親に絡まれてきた。
初めて挨拶をした時、睨まれ、ごみを見るような目をされた。
そしてそれからも会うたびに嫌みを言われ。
彼の家へ行った際には家事をするよう強制されたこともあった。
で、今もまた、ルイゼントの母親に絡まれている。
だが今日の彼女はいつもとは少々異なった表情を顔に浮かべているような気がする――どこか、決意のようなものを抱えているような、そんな表情。
「あなたが我が家の女になるなんて、想像するだけでも恐ろしいわね」
「そうですか……」
母親は腕組みして顎を持ち上げている。
まるで私を階級が違う奴隷として見ているかのよう。
確かに私はよその女だけれど……だからといって地位が低いというわけではないはず。
なのにどうしてそんな視線を向けられなくてはならないのか……。
「ということで、我が息子とあなたの婚約は破棄とするわね」
「えっ!?」
「何かしら? 当たり前でしょう、相応しくない女を排除するのは母のつとめよ」
私は一体何者なのだろう。
奴隷か何かなのだろうか。
何もしていないというのに、なぜこんなにも見下されなくてはならないのか。
「ま、待ってください……さすがにいきなり過ぎでは……」
「はい? 何を言っているの? 無駄よ、今さら何を言っても」
「……それは、ルイゼントさんも納得していますか?」
「当たり前じゃない、あの子は私が言ったことには絶対反対しないわ」
そうか――何も言っても無駄なのか。
ならばいっそ、こちらも彼を捨ててやろう。
心ではそう思うことにしよう。
受け入れてもらえず妻となるなんて何よりも残酷な結末、私としてもそれだけは避けたい。
「分かりました、では……失礼します」
見下され続けるなら。
虐められ続けるなら。
もうすべてを手放してしまえば良い。
きっともっと明るい未来だってあるはずだから――。
◆
あれから三年半、私は幸福を手に入れることができた。
「今日さ、料理作るよ」
「いいの?」
「うん! いつもやってもらってるし、たまには僕もやろうと思って!」
「大丈夫?」
「もちろん! これでも昔はいっつも作ってたんだ!」
夫となった人は五人兄弟の長男だ。
幼い頃から弟たちの世話をしていたこともあって育児や家事には理解があるようだ。
「得意料理は?」
「スープ!」
「おおー、それは素敵ねー」
「鶏料理もできるよ」
「食べたい!」
彼との日々はとても楽しい。
彼と一緒にいると、明るい光に包まれているかのように時が過ぎていく。
そういえば。
ルイゼントの母親は、あの後ルイゼントにできた恋人の女性に意地悪を繰り返しその果てに直接喧嘩となり、その喧嘩の最中に感情的になり過ぎて女性を殺めてしまったために殺人犯として捕まり、十数日後に処刑されたそうだ。
それによって人殺しの息子となってしまったルイゼントは誰にも相手してもらえなくなり、それによって彼はあらゆる自信を喪失してしまい、やがて崖から飛び降りて自ら命を絶ったそうだ。
◆終わり◆




