これまで貴方に尽くしてきたのに婚約破棄だなんて許せません。父に頼んで復讐いたします。
私には婚約者がいる。
彼の名はアボガ。
私は彼を心から愛していた、だから、これまでずっと彼のためにできることはできる限りやってきた。
彼のために生きられるなら何だってする。
その覚悟で歩み。
そうしていれば彼と共にいられると頑なに信じていた。
けれど……。
「悪いな、お前との婚約は破棄するわ」
アボガは急にそんなことを言った。
「え……そんな、急過ぎるわ、どうして……」
「何でもいいだろ」
「良くないわよ! ……何か理由があるのでしょう? ね、お願い、それだけでも教えて?」
この時でさえ、私は彼を信じようとしていた。
きっと何かどうしようもない理由があるのだろう。
たとえば誰かに脅されているとか。
だからどうしようもなくなって婚約破棄という選択をするしかなかったのだろう。
そんな風に考えていた、のに。
「お前より好きな人ができたんだよ。だからもうお前は要らないってことだ。理由はそれだけ。分かったか」
アボガは平然とそんなことを言った。
信じられなかった。そんなことを言われるなんて思っていなくて。あれだけ尽くしてきた私が愛されず、他の人が愛されるというのか。だとしたらこの世はなんて不平等なのだろう。ずっと彼のために生きてきた私は捨てられる、なんて、とんでもない話だ。不平等にもほどがある。
「ま、そういうことだからさ。ばいばい。これでお別れな」
「待って……そんな、お願い、話をさせて……」
「うるせぇ! いい加減にしろよ! てめぇ何様のつもりでそんなこと言ってんだよくそが!! 消えろや!!」
こうしてアボガとの婚約は破棄となった。
◆
彼のことは愛していた。
でも今は……正直もう自分でもよく分からない。
彼を愛しているのか。
彼を憎んでいるのか。
もう何もかも分からなくなってしまった。
ただ、このままで終わりにするのだけは嫌だという思いがあって、せめてこの傷を彼にも負わせてやりたいという黒い思いが胸の中に渦巻いている。
憎しみは何も生まない。
復讐も何も生み出さない。
そう分かっていても、それでも、この復讐心を消すことはできなかった。
「お父様、私、彼のことを許せない」
私は父のところへ行く。
「刺客を送り込むか?」
「……そうするわ」
私の父は権力者であり裏ルートの人脈も少なくない。
一人二人を葬るくらいならどうということはないのだ。
「だがいいのか? 愛していたんだろう、彼のこと」
「ええ。でももう愛せないし許せないの……だから、お願い」
「あぁ分かった。ではそのように話を進めておく」
今、私の心は澄んでいる。
もう躊躇いなどない。
「ありがとう、お父様」
◆
それから数日、父が送り込んだ刺客によってアボガとその相手女性は仕留められた。
夜にアボガの部屋で二人いちゃついているところを狙ったとのことで。
二人とも素人だということもあって、あっさりと仕留めることができたようだった。
アボガは女性を放って走って逃げようとしたらしい……。
それを聞くと、彼は酷い人だなぁ、と思ってしまう。
相手女性の味方をするわけではないけれど。
でもどうしても多少思いを馳せてしまう部分もあった。
危機的状況に陥った時に放って先に逃げていってしまう男、というのは、どうにも……。
ま、いずれにせよ、これで二人は片付いた。
私の復讐がここでおしまい。
ここからは未来へ。
過去は捨て、忘れ、先へと行こう。
◆
その後私は親戚の紹介で顔を合わせることとなった本好きな資産家の男性と結ばれた。
結婚した今も、私は家事はしなくて良い状況だ。
なぜなら夫が家事係を雇っているからである。
家主の妻である私は基本的には何もしなくて良い。
なので私は、本の買い出しの手伝いだけを行っている。
夫が購入を希望していた本を聞いておいてそれを買ってくる、ということをしている。
彼はいつも本について教えてくれるので、喋っているととても楽しい。
◆終わり◆




