ある夜呼び出されました、湖の畔に。~突き落そうとした彼は自滅しました~
ある夜呼び出された。
湖の畔に。
「悪いな、こんな時間に」
婚約者ブルテンは暗闇で紅の瞳を輝かせる。
「いえ……それで用とは? 何でしょうか」
「実は、伝えなくてはならないことができてな」
嫌な予感が脳を駆けてゆく。
心にのしかかるのは暗雲のような色。
どうしても前向きには考えられない。
悪く悪く考えては駄目だ――そう思ってはいても。
「伝えなくてはならないこと、ですか」
「ああ」
「ではどうぞ、伝えてください」
「ああ、ではそうさせてもらう。君との婚約だが、破棄とすることにした」
あぁやはりか――。
予想は見事に当たってしまった。
当たっても嬉しくないけれど。
こんな嫌なことが当たるくらいならくじでも当たってくれる方がずっと良かったのだが。
「だが、一方的に婚約破棄したと知られては困る。俺の評判が下がるから」
「といいますと?」
「だから君には……ここで死んでもらう!!」
ブルテンは大きく一歩踏み込んで両手を前へ伸ばす。
私を突き飛ばそうとするような動作。
恐らく、恐らくだが、彼は私を湖に突き落としてしまおうと考えているのだろう。
私はそれを素早く回避した。
「あっ……あ、あ、あわっ、あわわわ、あわっ、あわっ、あ……」
ブルテンは勢い余って湖に転落。
「た、助けて! 泳げないんだ! 助けてくれ!」
「……今までありがとうございました、では、婚約破棄ということですので私はこれで。失礼いたします」
彼を助けなくてはならない理由などない。
私は去ることにした。
私を死なせようとしたのだ、彼がどうなろうが自業自得だ。
さようなら、ブルテン。
心の呟きは誰にも聞かれはしない。
私だけの言葉。
私の中でだけの別れの旋律。
◆
翌日、ブルテンの死を聞いた。
私は婚約破棄されたが、彼はこの世に留まることができなかった――どちらが良いかと言われれば婚約破棄される方だろう。
私は未来に向かって歩き出す。
彼はあの場所からもう二度と動けない。
実に興味深いことだ、切り捨てた方が絶命するなんて。
◆
あれから数年、私は結婚でき子を設けることもできた。
私には未来がある。
果てしない明日。
だから忙しくとも毎日を迷わず生きてゆくことができる。
◆終わり◆




