どうしてそんなことを言うのですか……。~悲しみの海に沈む令嬢は自然の中で暮らすことを選ぶ~
「お堅いアンタには飽きたんだよ! だから婚約は破棄、いいな!」
長い美しいベージュの髪を持つアネベルカは、婚約者アインから突然そんなことを言われてしまった。
「そんな……婚約破棄、ですか……? どうして……?」
「何回言わせるんだ! 飽きた、って言っているんだ。そういうことなんだよ!」
関係はもう終わると分かっているからか、アインは攻撃的だった。
「アンタみたいな女性としての振る舞い方も分かっていないやつとはやっていけねーよ! 可愛げもねえしな! アンタ、自分では気づいてないかもしれないが、女性としてはゴミだぜ?」
「どうしてそんなこと……」
「はぁ? 何だよ、落ち込んでんのか馬鹿だろ。アンタがどうしようもない底辺だってことなんざ誰でも知ってることだろ? はははっ」
それが二人の最後の会話となった。
この日をもって婚約は破棄となる。
◆
アネベルカは悲しみの海に沈んだ。
実家へ帰り両親からは理解を示してもらえたのだが、それでも彼女の心の傷は癒えず。彼女はしばらく毎日のように涙をこぼしていた。彼女の部屋からはすすり泣く声が漏れ、周囲は非常に心配していた。
◆
それからしばらくして。
「なぁアネベルカ、森とか見にいかないか?」
彼女の部屋の扉の前に立った父親が、そう声をかけた。
父親もかなり緊張してはいたのだが。
アネベルカは部屋から出てきた。
食事でもないのに出てくるというのはかなり珍しいことだ。
「森……」
「実はな、別荘があるんだ。あそこなら空気も良いし、過ごしやすそうだろう」
「……行きます」
「おっ! 良かった!」
そうしてアネベルカ一家は一時的に森の中にある別荘へと移動。
しばらくそこで暮らすことを決めた。
澄んだ美味しい空気、多くの緑、生き物の鳴き声……その中で暮らすうちに、アネベルカの精神は徐々に回復してきた。
いつしか彼女は笑顔を取り戻した。
また、自ら出掛けては、森で動物たちと遊ぶようになっていった。
そして彼女は意外な出会いを果たす。
野生動物の研究をしている青年と知り合いになったのだ。
「お嬢さんは動物がお好きなのですか?」
「……はい」
「そうですか、僕もなんですよ。共通点がありますね」
「……そう、ですね。人と関わるのは……私は、ちょっと、苦手で……」
「いや、それもちょっと分かります。僕も浮きがちなんですよ」
共通点を持つ二人はいつしか惹かれ合う。
◆
数年後、アネベルカは野生動物の研究をしている青年と結婚した。
この話が出てきた時には両親はかなり驚いていた。まさかこんなことになるなんて、と。だが、悲しんでいた頃の娘も見てきているので、結婚に反対はしなかった。娘が幸せになれるなら、と、結婚の希望を受け入れた。
「これからもよろしくお願いします、アネベルカさん」
「こちらこそ……貴方とならこれからも森にいられそうで、嬉しいです」
二人はこうして結ばれた。
ちなみにアインはというと、恋人との旅行中に滞在先で不運にも嵐に巻き込まれてしまい、恋人もろとも落命することとなった。嵐は、アインらがその時にいた建物をまるごと破壊しきってしまって。結局、アインもその恋人も、亡骸さえ残らなかった。
◆終わり◆