婚約破棄は突然に。~旅に出ると意外な出会いがありまして、幸せになれました~
その日、つまり、婚約破棄を告げられる日は、驚くほど唐突にやって来た。
いつもと変わらない日だった。二人顔を合わせて、二人散歩をして。いつもと何の違いもない一日を彼を過ごしたその日に、彼は言う。
「実はさ、きみとの婚約は破棄しようと思っているんだよな」
告げられた場所は彼の自室。
窓の外は既に暗くなり始めている、そんな時間帯だ。
「いいよな?」
「待って。さすがにいきなり過ぎない? それってどういう……」
「きみにはもう飽きたんだよ」
「え」
ここまで堂々と婚約破棄を告げるくらいだから何か正当な理由があるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
しかし驚いた。
婚約破棄という重大なことを決定したその理由が『飽きた』だけだとは。
そんなのは通らない、通ったとしても周囲に冷ややかな目で見られる、そんなことは子どもでも分かることだ。
「本気で言っているの?」
「もちろん。そんな冗談、面白くないよ」
「……本当にそれが理由なの?」
「しつこいなぁ。そうだよ、それが理由。悪い?」
彼は自分の決定に自信を抱いているようだ。
「それは婚約破棄の正当な理由とはならないわよ」
「はぁ? いいんだよ、そんなこと。ぼくの家の力があれば理由なんて言わなくても婚約破棄はできる」
呆れた。
結局、家の力に頼るのか。
正直……そのような人とはこれ以上関わりたくない。
「そう……分かったわ。じゃあ、そういうことね」
「そうそう」
「今までありがとう。さようなら」
こうして私と婚約者ポリシの関係は終わってしまった。
手続きは淡々と行われて。
彼は本当に家の権力を使ってさらりと婚約を破棄した。
でも、悪いことばかりではなかったのかもしれない。彼がこんな人だと分かった、それだけでも一つの収穫だったと言えるだろう。あのままだったら、結婚して夫婦となってからそんな人なのだと知ることになったかもしれない。そうなっていたら、手遅れとなってしまっていただろうし、今以上に不愉快な思いをすることとなった可能性もある。
ことあるごとに家の権力を持ち出してくるような人とはあまり関わりたくない。
◆
その後、私は一人で旅に出た。
家柄とか何とかに縛られて生きるのはやめることにしたのだ。
そんなことをしていたって意味がない。
それよりもいろんなものを見てみたい。本で学ぶ世界も興味深くはあるけれど、実際に目で見る世界というのはもっと魅力的。当然良いことも悪いこともある、が、実際に見ることでしか知ることができないことというのもこの世にはある。
そんな風にして旅をしていたその最中、泊っていた宿にて、私は一人の青年と出会う。
「すみません、隣、大丈夫ですか?」
食事中に声をかけられて。
「あ……はい。空いています」
それをきっかけに知り合いになった。
「お一人ですか?」
「はい」
「そうなんですか。実は自分もそうなんです」
「へぇー。では一緒ですね」
そして、一緒に食事をとったこともあって、徐々に親しくなる。
その宿を出発する頃には、ルートンという名の彼ともだいぶ仲良くなっていて。
「もう行かれるんですか?」
「はい」
「あ……そうでした、少し良いですか?」
「何でしょうか」
少しして、彼は発する。
「よければ一緒に出掛けません?」
それは一種のお誘いだった。
「一人旅なんですよね。同行できたら嬉しいなって……実は」
「そうですか。実は私も、そう思っていました」
「本当ですか!」
「はい。ルートンさんとなら」
こうして一人旅は二人旅になった。
一人で見る世界も綺麗だったけれど、二人で見る世界はもっと美しく色鮮やかで。目にしたもの一つ一つがどこまでも心に染み込んでゆく。しかも楽しい。すべてが思い出になる。
ポリシとの嫌な思い出は徐々に薄れていった。
そして、ルートンとの記憶が増えてゆく。
◆
数年後、旅行を終えた私は、実家の近くに帰ってからルートンと結婚することを決めた。
彼は帰る場所はないらしい。いや、正しくは、帰りたい場所はない、かもしれないけれど。でも、彼は、どこで生きるでも良いと言ってくれた。ので、私は、一旦実家の近くへ戻ることにした。
親に彼を紹介する時は心配だったけれど……受け入れてもらえた。
その日の晩は心から喜んだ。
◆
それから一年、私と彼は正式に夫婦となった。
「これからもよろしくお願いします」
「よろしくね、ルートン」
そういえば後に親から聞いたのだが。
ポリシは今は一日のほとんどを自室のベッドで寝て過ごしているらしい。食事の時でさえほぼ部屋から出てこないとのことで、他者とは一切関わらないのだそうだ。
なぜそういうことになったのかというと、愛している女性と揉めたことが原因なのだそう。
大好きだった人に結婚を迫り過ぎたことで酷いことを言われさらに逃げられてしまったらしくて、それによって部屋にこもるようになってしまったのだそうだ。
ま、私にはもう関係ないけれど。
◆終わり◆