急な婚約破棄によって平凡な日々という幸せは失われてしまいました。けれども新たな幸せを手に入れることができたので気にしません。
「あんたとの婚約に関してなんだけどさ」
二人で庭を散歩していた時、婚約者が唐突に切り出してくる。
「破棄することにしたんだ」
よく晴れた何ということのない平凡な日。
でも、彼の言葉によって、一瞬にして平凡な日ではなくなってしまう。
平凡は日というのは退屈にも思うものだけれど、その退屈さもまた一種の幸福なのだと言えるだろう。退屈、なんて思えるほどに、平和だということだから。けれども人はなかなかそのことに気づかない。当たり前にあると思っていたものを失ったという事実に対峙した時になって、初めて、退屈で平凡な日々の偉大さに気づくのだ。
「婚約、破棄……?」
「そ」
「……そんな、どうして」
彼はそう言って笑みを浮かべる。
「飽きたから! 理由はそれだけ!」
どうしてそんな無邪気に酷いことを言えるのだろう。
心が痛む。
酷いよと言いたいけれど言えない。
狭間で揺れる。
得体のしれない圧力で心臓が押し潰されそう。
「じゃ、そういうことだから。散歩はここまででいいかな?」
「え……」
「だって、たった今からはもう、婚約者同士じゃないんだよ? 一緒に散歩するなんて馬鹿みたいだよね? あ、もしかして、あんたは本物の馬鹿だった? だとしたらごめん。でも、俺、もうあんたと一緒に過ごす気とか一切ないから」
終わってゆく。
壊れてゆく。
長い坂を滑り降りてゆくかのように。
――私たちの関係は断ち切られた。
◆
婚約破棄された後は落ち込んで体調不良にも見舞われていた私だったが、一ヶ月が経った日に「いつまでもこのままじゃ駄目だ!」と未来へ進むために動く決意を固め、その日から私は新しい婚約者を探す活動を開始した。
その結果、活動開始から数週間で新たな相手と巡り会うことができた。
似たような家柄であったこともあり、私と彼はあっという間に仲良くなり、その勢いのままに婚約者同士となった。
そして一年以内に結婚。
「共に歩もう、な!」
「ええ!」
過去の悲しさも、いつしか、明るい未来を築く礎となる。
「協力できることがあったらするから、何でも言ってくれな!」
「そっちもね」
「ええー。妻に頼るのはさすがにまずいだろ?」
「いいのよ、そういうのはお互いさまだもの。ね? お互い協力していけばいいのよ」
ちなみに、かつて私を捨てた元婚約者の彼はというと、女遊びのついでという形ではあるものの大量に酒を飲んでいたために肝臓の病気になってしまったそうで――今では医者から『生きているのが奇跡』と言われるような状態だそう。
彼の肉体は中からぼろぼろになったようだ。
もっとも、誰のせいでもなく彼自身のせいなので、気の毒とはまったく思わないが。
◆終わり◆




