嫌いな彼女の結婚式前夜祭にてケーキを顔面に投げつけられましたが、それをきっかけに良い縁に恵まれました。
私には嫌いな人がいる。
彼女の名はローレア。
年齢は私と同じ。
家が近所で幼い頃から交流があった彼女こそが、私の嫌いな人である。
なぜ嫌いか? 簡単なことだ。彼女は幼い頃から気が強く、私にやたらと絡んできたのだ。鬱陶しい絡み? そんな可愛らしいものじゃない。嫌がらせで大量の虫を身体につけられたり、飲み物食べ物にごみを入れられたり、私がしてもいないことをでっちあげられたり、ありもしない悪口を言いふらされたり。彼女は平然とそういうことをやってきて、しかも、私の反応を見て楽しそうに笑うのだ。
正直、二度と顔も見たくないような対象である。
そんな彼女がある日私のところへやって来た。
「久しぶり~、実はさぁ、話があって」
「話って……何?」
「じっつはねぇ~、あたし、婚約が決まったの!」
それを聞いた瞬間は嬉しかった。
結婚するなら彼女が実家からいなくなるということと同義だから。
「婚約。そっか……おめでとう、良かったね」
「ありがとぅ~」
でね、と、彼女は続ける。
「良かったら~、結婚式前夜祭に来てくれない?」
彼女はそんなことを言ってくる。
しかも目で圧をかけながら。
口では私が選べるかのような雰囲気を醸し出しているが、これは私に選択権はないやつだ。
「うん。いいよ」
「やったぁ! ありがと~」
本当は行きたくないけど、仕方ない。
「あ! そうだ。あたしの夫になる人はこの国の権力者の子なの! 家の格も高いんだよねぇ~。だからさ! ださい服着てこないでよねぇ~」
◆
そして結婚式前夜祭。
私は会場へ向かった。
そこそこ良い服を着てきた、これなら文句はないだろう。
もう既に人が集まっている。
「あ~来てくれたんだぁ、ありがとぉ」
「呼んでくれてありがとう」
「いいよいいよ~。……なんてね」
刹那、私は言葉を失った。
白いクリームが塗りたくられたケーキを顔面に投げつけられていたのだ。
「え」
顔も服もクリームだらけになってしまっている……?
「ちょ、おま、何して……」
そう発したのは、ローレアの夫となる者と思われる男性。
「この子さぁウザいんだよねぇ、都合のいい時だけ友達面してきてさぁ。地味な癖にねぇ。だ、か、ら、分からせてあげただけぇ」
友達面!?
私が来たいと言ったことにするつもり!?
「だとしても、それは駄目だろ!」
「え~いいじゃな~い、言ってたよねぶすに人権はないーって」
「ぐっ……そ、それは、冗談だろ!」
「ぶすは男に近づくなって言ってたしぃ、ぶすは人間じゃないって言ってたよねぇ~?」
参加者の冷ややかな視線が男性に集まる。
「ち、違う! 俺はそんなことは言っていない! あれは本気じゃない!」
「えぇ~? 冗談のノリじゃなかったよぉ?」
「ぐ……、も、もういい! そのようなことを言うなら! お前との婚約は破棄だ!!」
男性は急に滅茶苦茶なことを言い出す。
会場内にざわめきが起きた。
「ちょ……何を言い出すの!?」
「本気だよ。人前でそんなことを言う女とはやっていけない。冗談を本気みたいに言いやがって」
「ええ~!?」
「だからお前との婚約は破棄する! じゃあな。俺はこれで帰る」
男性はそう言って会場から出ていった。
「ええー、前夜祭で婚約破棄とかー、ないわー」
「でもさ、女のほうも性格悪いよね」
「可哀想に~」
「性格ブスくそざまぁ」
一人残されたローレアは皆からくすくす笑われて拳を震わせていた。
その時。
私に声をかけてくる者がいた。
「あの、ちょっといいですか?」
振り返って声の主を見る。
知らない男性だった。
正体不明ではあるもののそこそこ良い身分の人に見えるような恰好をしている。
「え」
「大丈夫ですか」
「あ……は、はい。平気です」
「服まで汚れて災難でしたね。よければ、お着替え手伝いますよ」
「あ、い、いえ。大丈夫。大丈夫です」
遠慮するが、腕を掴まれる。
「ほら、こっちへ。控え室がありますから」
そのまま控え室へと連れていかれた。
そこは誰もいない部屋だった。
しかし清潔さはあり設備も整っていて、驚いたことに、一人用の風呂場もある。
「よければここで身体を流してください」
「え……」
「クリームを落とすなら洗い流すのが早いでしょう。あ、着替えを一応出しておきますね。かっこ悪い服ですみませんが」
私は取り敢えず言われた通り身体を洗い流した。
「これ……来て良かったのでしょうか」
「あ、分かりましたか。良かった」
「はい。着てみました。良質な感じの服ですね」
それが、アドバントとの出会いとなった。
「貴女は素晴らしい。あんなことをされても我慢していて。凄く大人だと思いました。尊敬します」
「いえ……たいしたことじゃないですよ」
「ですが、自分だったら激怒してしまっていたと思います」
「そう、でしょうか……」
「ええ。その忍耐力は尊敬に値しますよ」
その日はそれで帰宅した。
が、後日、アドバントからまた連絡が来て。
その時になって知る。
彼がこの国の王子だったのだと。
◆
その後アドバント王子と交流を持つようになった私は、やがて、彼からプロポーズされて……私はそれを受け入れた。
王子の妻なんて務まらないような気もしたけれど、彼がそこまで望んでくれるならと彼のもとへ行くことにしたのだ。
「来てくれてありがとう」
「いえ」
「これからは夫婦として……どうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「へへ。ちょっと恥ずかしいですね」
「そうですか?」
「はい。だって夫婦ですよ。少し照れてしまいますね」
こうして私はアドバントと結ばれた。
◆
私が幸せを掴んだ一方で、ローレアは不幸の道に堕ちることとなったようだ。
あの婚約破棄によって心を病んだ彼女は、親のところへ戻ってからも精神状態がなかなか良くならず苦しんだ挙句、ある晩突然命を絶ったそうだ。
◆終わり◆




