義理の妹に婚約者を奪われました。~絶望の果てに意外な幸運がありまして~ (後編)
◆
「精霊王! 噂の女性を連れてきました!」
案内された先にいたのは、水色のスライムを男性の人魚の形にしたような生き物。半透明な身体で、肩や腰からは大きなとげが数本生えている。被っている王冠は巻き貝のようなデザイン。
「おお、来たか」
「こちらの方です!」
精霊王はこちらへ視線を向けてくる。
これはさすがに緊張する。
じろじろ見られるからなおさら。
「お前さんが、崖から飛び降りた勇気ある女性なのだな」
「あ……は、はい。崖から飛び降りたことは事実です。勇気うんぬんはハテナですが」
すると精霊王は急にチャーミングな表情を浮かべる。
「実は、わたしは最近婚活をしておってな」
どうしてそんな話になるのか。
「は、はぁ……」
「よければ妻になってくれないか?」
「えええ!」
思わず叫んでしまった。
でも……妻って……いきなり過ぎて……。
女なら誰もいいのか?
「もちろん、お試し期間は設定する!」
「私……その、そういうのには向いていなくて……」
義理の妹に婚約者を奪われるような女だが。
「妻となってくれるなら、代わりに望みを叶えよう!」
ここは即座に。
「残念ですが、それは無理だと思います」
すると精霊王は首を傾げる。
「なぬ?」
短く声を漏らした。
「私の望みはこの世から去ることですから」
精霊王がどれほど強大な力を持っているとしても、彼に私の望みを叶えることはできない。いや、叶えること自体はできるのかもしれないけれど。
でも、もしそうなれば、彼は私を妻にはできなくなる。
つまり、彼が私を妻にするのなら、私の願いを叶えることはできないのだ。
それを同時にやろうとすれば私が二人必要になってしまう。
「ええと……それは、何か理由が?」
この際すべて話してやろう。
そう思い、私は精霊王に事情を明かした。
……すべて聞き終わると。
「ううむ、それは酷い」
精霊王は眉間をしわだらけにする。
もっとも、彼の顔に眉はないのだけれど。
「だからこの世にはもう期待していないのです。私はただとっとと死にたいだけ、この世から去りたいだけ」
「だが死ぬのはー……ちょっと」
「ですから、貴方に私の願いを叶えることはできません」
すると精霊王は提案してくる。
「では、義理の妹とやらに罰を与えるのはどうか!?」
吸い込まれるように彼を見てしまった。
そんなことができるとは思っていなかった。いや、それ以前に、そもそも私の脳にはそういう発想がなくて。だから彼の言葉を聞いてはっとしたのだ。
「そんなこと……可能なのですか」
「あぁ! もちろん!」
「……分かりました、では、その条件で妻となりましょう」
どのみち誰にも愛されることはない身だ、誰の妻になるかなんてどうでもいい。
「決まり! よし! では早速儀式を始める!」
「え。結婚の……?」
「違う! 義理の妹とやらを罰するための儀式、だ」
そして儀式は始まった。
私は水晶玉の前に座る。
ちなみにその水晶玉は人間たちの世界を見ることができる精霊族の宝具だそうだ。
「では開始とする!!」
洞窟内に、精霊王の声が響いた。
◆
儀式の効果は凄まじかった。
その夜、リリアンネは自室にいるところを侵入してきた山賊に誘拐され、山奥へと連れ去られた。アオスもまた同じように自宅から連れ去られ、山奥へ。二人は山奥にある山賊の基地で合流することとなる。
リリアンネはアオスの目の前で山賊たちに殴る蹴るの暴行を加えられ、数日は耐えたが、やがて落命する。
その様子を目にしたアオスは泣き叫びまともな言葉は発することができなくなった。
その後、口封じのためか、アオスも喉を切られて亡くなった。
◆
「これで望みは叶ったことにしようか」
数日にわたる儀式を終えた精霊王がそんなことを言ってくる。
「はい」
返すのはそれだけ。
「では、妻のお試し期間に入ってくれるな?」
「……はい、約束ですので」
「ああ、そう恐れるな。大丈夫、殺しやしない」
「よろしくお願いします」
こうして私の人生もまた変わった。
◆
あれから数年。
私は精霊王の妻として幸せに暮らしている。
彼は意外と怖くなかった。
そして、女性関係に関しては特に誠実だった。
私ももう恨みに囚われてはいない。
今は前を向くことができる。
ここで生きていく。
それが私の幸せ。
◆終わり◆