義理の妹に婚約者を奪われました。~絶望の果てに意外な幸運がありまして~ (前編)
父親が再婚したことで義理の妹となった五つ年下のリリアンネに婚約者を奪われた。
彼女は私が知らない間に私の婚約者アオスに近づいていて。年の割に肉感的な身体を使って誘惑し、私には秘密で深い関係になり、アオスの子を宿したことを機に完全に奪い取ったのだ。
「あのね、お姉さま、わたし……アオス様の子を宿しましたのよ!」
最初そう言われた時は意味が分からなくて言葉を失ってしまった。
「これって、アオス様の妻となるにはわたしの方が相応しいってことですわよね。きっと神様がそう言ってくださっているのです。ということで! お姉さまは身を引いてちょうだいね」
そこまで言われた。
で、その後アオスに話を聞いたことで、彼とリリアンネの間に肉体関係があったことが発覚したのだ。
まったく気づかなかった私も馬鹿だったとは思う。もう少し警戒しておくべきだった。そういう反省はあるけれど。でも、アオスも悪いと思ってしまう部分はあって。彼は彼で不審な近寄り方をしてくる者には気をつけるべきだったと思うのだが。
ただ、アオスはあまり反省していないようだった。
もしかしたら、実は私のことをあまり良く思っていなかったのかもしれない。
「アオス、残念だけれど、この関係を続けるのは無理そうね」
「……そうだな」
「この婚約は破棄とするわ。いいわね」
「分かった」
結局彼は「ごめん」の一言さえ発してくれなかった。
「ああっ……お姉さま……罪深い魅力的なわたしでごめんなさいっ……」
リリアンネは最後までそんな調子。
一人、演技がかった発言を続けていた。
事情が事情ということもあり、慰謝料を払ってもらうことはできた。
だがそれですべてが片づくかというと……正直そんな風に割り切ることはできない、気分的に難しい。
けれども今さら何も言えなくて。
私は去るしかなかった。
与えられた選択肢はそれだけだった。
さらに、婚約破棄後、私は義母に実家から出ていくように言われてしまった。
心が回復しきっていない状態で家から出ていけと言われたことはかなり辛くて、私はその日衝動的に家から飛び出した。荷物もろくに持たず走った。走りながら、雨の中で泣く。何も考えられず、胸の内を満たすのは悲しみと悔しさをごちゃまぜにしたような黒っぽい感情。涙と雨粒は顔の表面で混じり合って下へと落ちてゆく。
どうして私がこんな目に遭わなくてはならないの?
悪いことなんてせずに生きてきたのに。
リリアンネが現れなければ。
彼女が現れる原因となった再婚がなければ。
私は今も……。
そして、やがて、崖にたどり着く。
ここは思い出の場所。
昔よく両親と三人でここへ来たのだ。
あの頃は楽しかった。父がいて、母がいて、私がいる。三人の家庭はとても温かくて、皆笑顔だった。くだらない冗談でも笑い合ったし、いろんな思い出を作ろうと定期的に出掛けた。
「楽しかったな……」
でも、もう戻らない。
あの日々は消えた。
母の死と共に幻となってしまった。
この世界に希望はない。
「こんな……せか、い……」
私はそこから飛び降りた。
◆
目覚めると、あらゆるものが光輝く知らない世界にいた。
「やあ! お目覚めかい?」
声をかけてくるのは不思議な生き物。
言語は私たちが使っていたものと同じのようだが、外見は明らかに別物だ。
「あ……あの、ここは一体……?」
「ここは精霊の国! ぼくたち精霊がのんびり暮らす世界だよ!」
すぐには状況が飲み込めなかった。
何がどうなったのか?
私は死んだのか?
「私は……」
「きみは崖から飛び降りただろう? 通りかかった精霊に救助されたんだ!」
「それは……そう、ですか」
「どうして嫌そうな顔をするんだい? 助かったんだよ? 喜ぶところじゃないのかい?」
ぎりと歯を食いしばる。
「私はもう……生きたくはなかった、のに……!」
死にたかった。
早く母のところへ生きたかった。
希望も何もない世界とは別れる、その決意で飛び降りたのだ。
なのに、喜ぶところ、だと?
どうしてそんなことを言えるのか。
事情も知らないで知ったような口の利き方をしないでほしい。
「駄目だよ、そんなこと言っちゃ」
「私はもう生きたくはなかった! なのに! こんな……生き延びてしまうなんて……」
すると目の前の不思議な生き物は頭から生えた触覚一本を私の頬に当ててくる。
「辛かったんだね、でも大丈夫。ここには、希望、あるよ」
「え……」
「取り敢えず精霊王のところへ行こうよ。きっときみの望みは叶うはず」
私の望みは、この世と別れること。
きっと望みは叶わない。
そう思う。
とはいえ、このまま寝ていてもどうしようもないというのも事実。
動くしかない、か。
「ね? 行こうよ! 精霊王のところまで、案内するよ!」




