薬屋の娘として暮らしてきた私は薬というものに馴染んでいたがゆえに婚約破棄されることとなってしまいました。
私は薬屋の娘ということもあって子どもの頃から薬というものに馴染んでいました。自宅には薬草や薬の材料となる珍しい素材が多くあり、そういうものを目にして育ったもので、そういうものへの心理的抵抗はほぼありません。
だからこそ、こんなことになるとはまったく予想していなかったのです。
「君は薬だ何だと言って怪しいものばかり触っているね。そんな女性を妻にするなど不可能だよ。君は魔女だ。……よって、この婚約は破棄とする」
婚約者アバローはある雨の日にそんなことを言ってきました。
すぐには理解しきれませんでした。
まったく想像していなかった展開だったからです。
彼との関係はおおよそ良好だと思っていた、だからこそ、こんな風に言われたことに脳が追い付かなかったのです。
「そんな、どうして……」
それだけが口からこぼれます。
「だから言っただろう。怪しいものばかり触っている魔女とはこれ以上付き合えない、と」
「私は魔女ではありません」
「魔女みたいなものだ! そんなものは年頃の娘が普通に触れるものじゃあない!」
「怒らないで落ち着いて話してください」
「それに、だな。僕の親も言っているんだ、彼女は魔女ではないか、と」
なんてこと。
そこまで疑われているの。
私のどこが魔女だというのですか。どう見ても普通の女ではないですか。薬屋の娘というのは事実だし、薬の材料に慣れているのも事実ですが、それが魔女と直結するのはおかしな話です。そんなことを言い出せば、薬屋は皆魔女ということになってしまいます。
「なんにせよ、君のような怪しい人とは生きていけない。だからここでお別れとしよう。その方がお互い良い人生を送れるだろう」
あぁこれは何を言っても無駄なやつ……。
私は説得することは諦めました。
どのみちこの世のすべての人に理解してもらうなんて不可能なのです。私が不運だったのは、その理解してくれない人がたまたま婚約者だった、というところだけ。ならばその人からは離れるに限ります。幸い、彼もそれを望んでくれているのですし。
本当に、お互いのため。
◆
あれから十数年、私は薬屋を継ぎました。
婚約破棄以降私は将来薬屋を継ぐために動き出しました。店で働き、それまで以上に薬について学び、仕事に打ち込んできました。周囲からは「結婚しなよ、仕事ばかりしてないで」などと言われることもあったけれど、私の人生だからと仕事に注力して。その結果、父にも認められ、今は店主となっています。
結婚はしなかったが、不幸かというとそうでもありません。
今は目の前の仕事に打ち込む幸せを感じているのです。
ちなみにアバローはというと、あの後ちょっとした風邪をこじらせて亡くなったそうです。
医師は薬を処方しようとしたがアバローの親が「毒物を摂取させようとしている!」と大騒ぎして反対、その結果アバローは弱って亡くなってしまったのだそう。
アバローは少し気の毒にも思えるますが……まぁ、親がそんなですから、仕方ないですね。
残念な家に生まれてしまったがゆえの悲劇、と言えるでしょう。
◆終わり◆