妹がいつも婚約者の愚痴を言っているのでちょっとした思いつきで「私が、代わりに婚約しようか?」と言ってみたのですが……。
私の妹には婚約者がいる。
彼の名はルリスという。
何でも、親戚か何かのルートで妹の婚約者となった男性なのだそうだが、いつも顔を完全に隠すマスクを着用している不思議な人だ。
そんな彼のことを、私の妹ネネは良く思っていないようだ。
ネネはいつも私に彼の愚痴を言う。
ある時は「あんな男、気持ち悪い!」と言い、また別の時は「きっと晒せないような顔なのでしょうね! あんな男との関係、さっさと解消したいわ」と言い、さらには「ああいうのはお姉さまにの方が相応しいんじゃないかしら?」などとも言っていた。
「私が、代わりに婚約しようか?」
ある時、あまりに嫌そうなネネを見ていると相手が気の毒に思えてきて、ふとした思いつきでそう提案してみた。
「いいの!?」
するとネネの反応は意外と良いもので。
「じゃあお姉さまにあげるわね!」
想像していたのとはかけ離れた勢いで、ネネはルリスとの関係を終わらせ、代わりに私がルリスと婚約することとなった。
「あの……申し訳ありませんルリスさん」
「いえ」
本当にこのようなことになるとは思わなかったので、非常に気まずい。
「えっと、その……嫌、ですよね。私みたいな女。可愛い娘が良いですよね……」
「そのようなことはありません」
「でも、ネネみたいな可愛い娘の方が……」
「卑屈にならないでください」
彼はどこか冷たい。
これからどんな風に関わっていけば良いものか。
◆
後日、ルリスが実は国王の子であることが明かされた。
「え……王、子……?」
「はい」
「そ、そそそ、そんな! では私はやめます! 身を引きます!」
王子の妻となる?
無理だろう。
私では務まらない。
「なぜ?」
「だって私! そんな偉大な方と! 関われません!」
「自分は貴女が良いのですが」
「……え?」
彼の口から出たのは意外な言葉だった。
「わた、し……?」
「はい」
「本気なのですか」
「はい、もちろん。貴女は自分がこの格好でも不快そうにしなかった、だからこそ、貴女と結ばれることを望んでいます」
彼にそう言われてしまったら。
今さら引くことなどできやしない。
もはや後ろへ下がる道はないのか。
「自分は、貴女と生きていきたい」
腹をくくろうか。
「……はい」
それに、彼が王子であろうがなかろうが、彼が彼であることに変わりはない。
「よろしくお願いいたします……」
そうして私は王子ルリスと夫婦となるのだった。
◆
私はルリスと共に暮らし始めた。
王族が暮らす城で。
そこは一般人が暮らす世界とはまったく異なる世界。最初はとにかく緊張した。当然だらだらできる時間なんてない、しかも、いつも凛々しくあらなくてはならない。だからよく手洗い場にこもって心を休めていた。そこだけが唯一静かに穏やかに一人になれる場所だったのだ。
ちなみに、ネネはというと、ルリスが王子であることを知った途端悔しがって発狂していた。
「お姉さま! 騙したわね!」
そんなことまで言われてしまったけれど、そんなのはただの八つ当たりでしかない。
だって私だって何も知らなかったのだ。
すべてを知っていながら彼女を騙して奪い取ったわけではない。
そして、私とルリスが結婚して二年半ほどが経過した頃、ネネはルリスの部屋に許可なく侵入しようとして捕らえられる。
彼女は『王城という聖地に勝手に踏み込んだ』という罪と『王子に危害を加えようとした』という罪によって牢屋に入れられた。
聞いた話によれば、牢屋では罰として拷問のようなことをされていたらしい。
「貴女に何もなくて良かった」
「ルリスさん……妹がすみません……」
「いえ」
最初の頃は冷ややかに感じられた彼の言葉遣いにももう慣れた。
今は言葉の奥にある優しさを感じる。
「ご迷惑お掛けしました……」
「貴女が謝ることなどないのです」
私はきっと、これからも、ルリスと共に幸せに生きてゆくだろう。
◆終わり◆




