貴方は「お前のような女を愛する男がいるはずがない」と言っていたけれど、それは間違いよ。だって私、今、凄く大切にされて愛されているもの。
「お前との婚約は破棄とする」
婚約者の彼エルベダの家にある客室にて、私はそう告げられた。
彼が私をあまり良く思っていないことには薄々気づいていた。だからこんなことになったことにもそこまで驚きはしない。もちろん、やはりそうなったか、という多少の驚きはあるけれど。でも、天地がひっくり返ったような脳が炸裂するほどの衝撃ではなかった。
「婚約破棄? 本気ですか?」
「当たり前だろう」
「それは残念です」
「ふん。何を言おうが無駄だ。俺はお前と共に生きてゆかないと決めたのだ」
そう言って、彼はふっと馬鹿にしたような笑みをこぼす。
「そもそも、お前と生涯を共にしようと思ったのが馬鹿だったよ。できるかもしれない、と思ったこと自体が、大きな間違いだったんだ」
「それは……酷い言い方ですね」
「当たり前のことを言ったまでだ。お前のような女を愛する男がいるはずがない」
お前のような女を愛する男がいるはずがない、か。
さすがにそれはないと思うが。
私が悪魔のような悪事ばかり働く女なのなら別だけれど。
とはいえ、彼の中ではそれが揺らぐことのない事実なのだろう。
だとしたら私が何か言ったところで修正などできるはずもない。
彼はそう思いそう信じ込んでいるのだから。
どうせ彼との関係は終わる。
わざわざ時間をかけて彼の考えを修正することもないだろう。
◆
それから六ヶ月ほどが経ったある日、私は、家の近くで一人の怪我人を拾った。いや、拾ったという言い方は少々おかしいかもしれないが。だが、彼は倒れていて物のような状態だったので、拾ったというような感じだったのだ。私は家にその人を連れ帰り、親にも話して、一時的に保護することにした。
急ぎの手当てだけ済ませた状態で寝かせていると、やがて彼は目を覚ます。
「……ここ、は、一体」
「目が覚めましたか?」
「あ……貴女、は……」
「道で倒れていたのです。気づいた私が一旦保護しました。……すみません勝手に」
「い、いや。そんな。責める気はありません」
彼はまだ眠そうだけれど一応まともに会話できている。
「助けてくださったのですね、ありがとうございます」
それが彼との始まりだった。
◆
倒れているところを助けた彼は名をエッグドといった。
驚いたことに彼は隣国の王子様らしい。
王子が成人になる時に行わなくてはならない自然の中を長距離歩く儀式の最中に野生動物に襲われ倒れていたようだ。
状態が落ち着いてから、生まれ育った国へ返した。
だがその後隣国から連絡が来て。
それは王子たる彼を助けた私とその一家への感謝だった。
以降、私はエッグドと交流を持つようになる。
で、色々あって、やがて彼と結ばれることとなった。
「僕には君しかいない。あの出会いはきっと神様がくれた出会いだったんだと思う。だから僕は君と生きていきたいんだ」
エッグドはそう語っていた。
◆
エッグドとの結婚から二年、私は今、生まれ育った国ではなくその隣国で生きている。
つまり、夫である彼の国にいるのだ。
私とて望んで母国を捨てたわけではないけれど、夫が王子で国から離れられないので仕方がない。
ただ、親とは今も、定期的に手紙で連絡を取っている。
そんな中で知ったのだが。
エルベダはあの後他の女性と結婚し二人の子にも恵まれたが、ある晩不倫相手と会うために家から出ていた間に自宅に賊が入り妻と子を惨殺されてしまったそうだ。
しかも、その時彼だけが家にいなかったことから不倫もばれることとなってしまい、今は妻の両親から「もし我々に従わないのなら不倫の件を世に出す」と脅されて奴隷にように扱われているらしい。
エッグドという素晴らしい夫に大切にされ愛されている私とは真逆の現在。
面白いくらいである。
◆終わり◆




