前から虐めてきていた婚約者の妹にはめられかけましたが……意外な人が手を差し伸べてくれて罪を犯していないと証明できました。
婚約が決まったあの日から、私はずっと、婚約者ドーテスの妹エルベに虐められていた。
彼女は兄の婚約者となった私のことが気に食わなかったようで、最初は会うたび睨んでくるところから始まり、いつしか悪口を言いふらしたり嫌なことを言ってきたりするようになっていった。
ドーテスもそのことを知っていた。
私から相談したこともある。
だが彼はこの件に関しては常に「関わらない」という姿勢を貫いていた。
気の強い妹の行いを咎める勇気は彼にはなかったようだった。
そんなある日。
私は急にエルベに呼び出された。
呼び出された場所はドーテスが大事にしている壺が置かれている部屋。
「急に悪いわね」
「いえ。で、何でしょうか」
「特に用はないのよ」
「用はない? では、どうして……」
戸惑っていると、エルベは急に壺を割った。
静寂が訪れる。
廊下を通過していく使用人がいたが入ってきてはくれない。
「あーあ。お兄様の宝物を壊すなんて。酷い女ね」
「え……?」
「お兄様に言ってきちゃお」
「な、何を」
「貴女が壺を壊したーって。ね」
信じられない!
私に罪をなすりつける気か!
……いや、最初からこれが狙いだったのだろう。
それなら特に用もなく呼び出されたのも理解できる。
「嘘を言う気ですか!?」
「はぁ? 嘘なんかじゃないでしょ? それとも何、あたしのせいだーっとでも言う? ふっ、無駄よ。あたしは何もしてないから」
その後、エルベの言葉を信じて激怒したドーテスに、私は婚約の破棄を告げられてしまった。
私は何もしていない。
そう訴えても。
妹の言葉を既にがっつり信じ込んでいる彼には届かない。
だが。
「ドーテス様」
三人で話をしている場に、一人の使用人の女性が現れた。
「エルベ様のお言葉、偽りのものです」
彼女は確か。
あの時廊下を通過していった人だ。
「壺はエルベ様が壊されたのですよ」
「お前……我が妹を侮辱する気か……?」
「いえ。事実を述べたまでです」
「嘘を言うな!」
すると女性は一度僅かに目を伏せて、それから片手を伸ばす。
「私は映像記録魔法が使えます。その時の光景はここに残っています。ご覧になりますか?」
そう言って、彼女は笑みを浮かべた。
「あの……すみませんでした。ご迷惑お掛けして」
「いえいえ」
「でも、本当に、助かりました」
「力になれたなら嬉しいです」
結局婚約破棄はそのままになってしまった。
彼との関係を取り戻すことはできず。
ただ、私が壺を壊したという話だけは、女性が記録してくれていた映像によって事実でないと証明することができた。
「でも……良かったのですか? 貴女、くびになったって……」
「構いません、元よりいずれ辞めるつもりでしたから」
「辞める? そうだったのですか?」
「ええ。……貴女がドーテス様と婚約なさるまでは私がエルベ様に虐められていたのです。貴女は救世主でした。あの女の虐めから……解放してくださったから」
失礼なことを申し訳ありません、彼女はそう言って目を伏せた。
彼女にそんな事情があったなんて知らなかった。
「あ、あの!」
でもそういうことなら。
彼女もあそこから出られて良かったのかもしれない。
「……何でしょうか?」
「よければ、うちへ来ませんか!?」
「え……し、しかし」
「実はうちの使用人が最近辞めたばかりで。経験者なら心強いですよ!」
こうして私は実家で彼女を雇うことにした。
「あの、お名前は?」
「私の名は……モーリレと申します」
◆
あれから十年、私は古本買取の仕事をしている男性と結婚したが、今も実家にいる。
夫がそれを望んだのだ。
自分は親と関係を切っていて良質な住めるところを用意できないから、と。
だから今は、生まれ育ったこの家にて、私の両親と夫とモーリレを含む数名の使用人とで暮らしている。
「お茶をどうぞ」
「ありがとう、モーリレ」
「以前好きだと仰っていた種類のハーブティーにしてみました」
「あ! これ! 好きなの、ありがとう」
私はこれからも温かな空間の中で生きてゆくだろう。
ちなみに、ドーテスは、あの後しばらくしてちょっとした好奇心から街中で痴漢行為を働いてしまい治安維持組織に拘束され牢に入らなくてはならないこととなったそうだ。その後大金を払ったことで彼は何とか牢から出してもらえることになったものの。ちょうどその頃婚約者ができていたエルベは、痴漢の妹ということで婚約の破棄を告げられ、愛する人に切り捨てられたことに絶望して自害したそうだ。
◆終わり◆




