別人になっていることに気づいた瞬間婚約破棄を告げられました。が、それでも私は幸せになれました。今ではもう何も困っていません。
気づくと私は私でなくなっていた。
長い白銀のストレートロングに赤い瞳、睫毛は長く顔立ちは華やかかつ整っていて、まとっているのはワインレッドの大人びたおしゃれなドレス。
「マリー・コンフェグト! 貴様との婚約、破棄とする!」
目の前には一人の男。
長身で、飾りつけられた豪華な軍服を着ており、まるで漫画やアニメに出ていそうな殿方だ。
「貴様のような性悪女と共に生きることはできん!」
「え……しょ、性悪? ですか?」
この身が私でなくなっていることは分かるが。
こんな美しい人なのに性悪なのだろうか。
これほどに美しい容姿を持って生まれたなら何も苦労しないだろうしひねくれて育つこともないだろうに。
とはいえ、何も知らない私には何が本当かなんて分からない。
「マリー、二度と俺の前に現れるな。いいな?」
「……はい」
こうして私はその場から去った。
いや、ほんと、どうしよう。
この女性がどんな人なのかさえ知らないのにどうやって生きてゆけば良いものか。
◆
「記憶がない!?」
私、いや、この身体の女性に唯一迷いなく話しかけてきてくれた青年がいたので、記憶がなくて困っていることを彼に相談してみた。
するとかなり驚かれた。
「マリーとしての記憶がないのかい!?」
「そうなんです」
「た、確かに、マリーは僕に丁寧語では喋らないよなぁ……」
話を聞いていくうちに分かってきたのは、その青年がマリーの幼馴染みだということだ。彼は木こりの家の息子で、今は木こり見習いだそうだ。ちなみに、名はラベールというらしい。
「私、記憶がないせいで本当に困っていて……」
「確かにそれは辛いよね」
「婚約破棄されても意味が分からなくって」
「うんうん。それは辛そうだね。婚約破棄されるだけでも辛いだろうに」
いや、婚約破棄自体はそれほどダメージはないのだけれど。
「お気遣いありがとう、ラベール」
「い、いやいや! ううん! いいんだよ、このくらい!」
慌て出すラベール。
顔を近づけてみると、彼は真っ赤になった。
もしかして、彼はマリーのことが好きなのか?
もしそうだとしたら……もういっそ、彼と共に生きてゆけば良いのではないだろうか。
彼なら厄介なところはなさそうだし。
優しそうだし。
明るいし。
記憶がないことにも理解を示してくれるだろう。
「あの……ラベール」
「何?」
「私たち、結婚しませんか」
言うと、時が止まった。
彼は目を大きく開いて固まっている。
……まずかったか?
「もし嫌ならはっきりそう言っていただいて大丈夫ですよ」
一応言ってみると。
制止していた彼は一気に頭を下げた。
「ぜひ……お願いします」
彼の口から出たのは良い答えだった。
◆
その後私はラベールと結婚。
で、療養のためとか何とか理由をつけてマリーの実家からは離れた。
というのも、マリーの両親は少々厄介そうな人だったのだ。その人たちと上手くやっていく自信は私にはなくて。だから、申し訳ないが、彼らとは離れることにした。
そしてラベールの実家へ入れてもらった。
豪快な父親、おっとりしている母親、飼っている犬、そしてラベールと私。
穏やかに暮らせている。
「ねえマリー! 聞いた?」
「何?」
「マリーを婚約破棄したあの男さ、結婚詐欺に遭って全財産を失ったんだってー」
今は昼御飯の時間。
ラベールは一時的に家へ帰ってきている。
私も、彼も、彼の母親が出してくれた料理を食べているところだ。
「そ、そうなの!? どこ情報?」
口に含んでいた牛乳を吹き出しそうになってしまった。
「ニュースになってたよ」
「ええ……そんなことってあるのね」
「マリーにしておいた方が良かったんじゃーって話が出てたね! ま、マリーはもう僕のものだし、手遅れだけどさっ」
「人生って何があるか分からないものね」
「うん! ま、それは僕にも言えるけどさ」
首を傾げると。
「マリーはずっと憧れでも手の届かない人だったからさ。まさか結婚できるなんて、そんなこと思っていなかったんだ。マリーとは何もかもが違うから。だから一緒に生きるなんて無理だって思っていたよ」
ラベールは機嫌良さそうにパンを齧っている。
「でもこうなれた! マリーと一緒になれた! 夢みたいだよ」
「こちらこそありがとう。記憶喪失になってしまったのに相手してくれて」
◆終わり◆




