良いのですか? 婚約破棄などしては人間が滅ぶのですよ? ~それでもいいならお好きなように~
私、モバイラは、人間の青年アイヴと婚約した。
人間とは少し違った種族。けれども姿は人間にかなり似ていて、時に人間と思われることもあるくらいだ。そのため視覚的にはそんなに心理的抵抗はないだろう、ということで、私は人間の青年と婚約することになったのだ。
これは、我が種族と人間の友好のための婚約である。
二つの種族はこれまで長い間戦争を続けてきた。が、この婚約を機に戦争は停止された。つまりこれは、お互いの種族のための婚約結婚とも言えるのだ。
けれどもアイヴはその意味を分かっておらず。
「モバイラ、お前、ほーんと可愛くねーな」
彼はそんなことばかり言ってくる。
私と彼には特に恨みはないはずなのだが、彼は私を嫌っていた。
それは婚約した時からずっとだ。
それどころか、彼の周囲まで私を嫌い私に嫌なことをしてくる。
正直、非常に気分が悪い。
種族の違いという壁はあるものと理解していても、それでも耐えられない苦痛というものもある。
◆
そして、今日。
「モバイラ、ちょっといいか?」
「何かしら」
「お前との婚約、破棄することにしたから」
ついに彼の方から婚約破棄を切り出してきた。
侍女たちは少し離れたところにいるがこちらを見てくすくす笑っている。
なんだかとても嬉しそう。
「待って。貴方はこの婚約の意味を分かっていないの? 人間が婚約を一方的に破棄したとなったら大事になるわ、きっと戦争がまた始まる。大変なことになってしまうわ」
言ったのだが、彼は聞かない。
「はぁ? 今さら何を言っても無駄無駄。さっさと自分らのところへ帰れよな」
アイヴは選んだ。
私との関係を一方的に壊すことを。
仕方がないので私は自分たちの種族の国へ帰ることにした。
人間に直接的な恨みはなかった。戦争も歴史的なものだから私とは別の話、そう思っていた。だからこそ、人間と結ばれる役を背負うことにも耐えられると思っていたし、なんなら楽しく暮らせるかもしれないとも考えていた。
けれどもすべては幻想だったと分かった。
私はもう人間を擁護はしない。
たとえ、すべての人間が悪ではないとしても、だ。
親が待つ家へ帰った私は、全部を隠さずに明かした。
「お父様、人間は……全員とは言いませんが、やはり、恐ろしい者たちでした」
異なる種族だからと悪口を言うようなことはしたくない。
けれども私は言わずにはいられなかった。
もちろん、誇張はしないし、嘘はついていないけれど。
「彼ら彼女らは異種族を受け入れません」
◆
あの婚約破棄から一ヶ月。
人間の国は我が種族に攻め込まれて滅んだ。
でも自業自得。
私はこうなるであろうことを予想していた。そしてそれを彼にもきちんと告げた。にもかかわらず、彼は聞こうとしなかったのだ。考え直してみるという選択もあっただろうに、彼は一切それをしなかった。
当人であるアイヴは、権力者の息子であったために重要人物リストに入れられていたそうで。
拘束後、拷問刑に処され北の塔で苦しんだ後に亡くなったそうだ。
彼の周囲にいた侍女らも全員捕まって処刑されたと聞いている。
悲しいことだが、私があの地へ戻ることはきっともうないだろう。
私は幸せに生きていく。
生まれ育ったこの国で、穏やかに、幸福を掴むのだ。
◆終わり◆




