餅という異国の食べ物を食べながら婚約破棄を告げてきた婚約者でしたが……。
その日、私と婚約者ウェールストンは、異国発祥の食べ物『餅』を食べながら、食事の時間を楽しんでいた。
だがその最中。
彼は急に真面目な顔で声をかけてくる。
「んちゃ、んちゃ……あのさ。ちょっと……んちゃ、んちょ、んちゅ……ちょっといいか?」
「えぇ、構わないわよ」
咀嚼しながら喋るのは不快なのでやめてほしいのだが……。
「婚約、破棄したいんだ。……ちゅ、んちゃ、んちゃ」
「え?」
「ちゃんと聞いてくれよ、んちゃ、んちゅ、んちゅ……、婚約破棄するって決めた、って言っているんだよ」
「婚約破棄……本気で言っているの?」
餅を食べている時にそんな重要なことを言ってくるなんてどうかしている。
私を殺す気でいるのか。
驚いた際に一歩間違って吸ってしまったりしたら、喉に詰まって大惨事になるというのに。
「もちろん、くちゅ、んちゅ……当然……んちゃ、本気だよ」
「そう……残念ね」
「いいだろ? べつにきみもそこまで興味ないだろ?」
「まぁそうね」
餅を食べる口を止めることはできないのか……?
「ということで、婚約は破棄な」
「分かったわ」
ごちそうさま、と言って、立ち上がる。
ウェールストンとの関係は終わった。
餅を食べている最中ではあったけれど、私は彼の前から去った。
こんな展開になるとは思わなかったけれど、だから何か大きな悲しみがあるかと聞かれればあるとは答えないだろう。正直、彼への思い入れはそこまでない。彼に嫌われながら結婚し夫婦として生きていくくらいなら、別々の人生を歩む方が良いと思う。
◆
数日後、私はウェールストンの死を知った。
彼はあの後実は仲が良かった女性を複数呼んで皆で餅を食べる会を開催したそうだ。だが、酔っ払っていたこともあって調子に乗って大量の餅を一気食いしようとしてしまい、うっかり餅を喉に詰めてしまったらしくて。それによって落命してしまったそうだ。
よく噛んで食べましょう。
小さくして食べましょう。
そう言われていた意味がよく分かった。
◆
「昔私に一方的に婚約破棄を告げてきた彼はね、餅を喉に詰まらせて死んだのよ」
「それは恐ろしいね」
「あなたも気をつけて」
「もちろん! 一気に大量に食べるのは避けるとも!」
あれから数年が経った春、私はとある男性と結婚した。
そして今は夫婦で一つの家に住んでいる。
窓から柔らかな日差しが降り注ぐ、暖かく穏やかな家。
都市部までは距離があるが、自然に囲まれていて、ゆっくり暮らすぶんにはまったく問題ない。
私はこれからもここで過ごす。
幸せに、ね。
◆終わり◆