婚約破棄されたわ。ま、栗でも拾うことにするわね。
その日降り注いだ言葉。
「君にはもう飽きたよ。女は綺麗なだけじゃ飽きるって本当だったんだね。美人な婚約者ができて嬉しかったのなんて初めだけ。……もっと早く気づいておくべきだったな」
それが。
「ま、そういう心境なんで、婚約は破棄とさせてもらうよ」
私と婚約者の彼サルベーの関係を終わらせる一撃となる。
「さよなら。綺麗なだけのお嬢さん」
そう言って、その整った面にうっすらと黒い笑みを浮かべるサルベーを目にした時、私は彼にとって特別ではなくなってしまったのだと悟った。
思えば、彼はいつも私の容姿を褒めていた。
彼が好きなのは私の容姿だけ。
他に興味はなく。
容姿だけで選んだがために早くに飽きてしまったのだろう。
世の中、美しい方が生きやすい。
そう言うけれど。
でも、美しいからといって幸せを掴めるわけではない。
「……久々に行こうかな」
婚約破棄された私は栗拾いに行くことにした。
十数年拾い続けてきたあの栗の木に会えば、きっと、この切なさともやもやも消えるだろう。
◆
私は今年もここへ来た。
実家の近所にある栗の木のところへ。
「お。落ちてる落ちてる」
私は栗拾いを開始する。
が、数分拾った頃、突如栗色の強い光が木の幹から放たれた。
「ぼくは栗の精! きみ、いっつも、ぼくの栗を拾ってくれてありがとう! 感謝しているよ!」
現れたのは頭部が栗の形をしている謎の生き物。
宙に浮いている。
「ところできみ、婚約破棄されたんだってね。酷いね」
「どうしてそれを……」
「ぼくはいつもきみを見つめ見守っているんだ! だから、きみのことは、何でも知っているんだよ!」
少し怖いが……。
「ぼくがあの男に復讐してきてあげるよ!」
「待って、そんな急な」
「……嫌かな?」
「べつにそうではない……でも……」
にっこり笑う栗の精。
「嫌じゃないならやってくる! 任せてよ! じゃ、後でね」
その数日後、サルベーが何者かに殺害されたという話が流れてきた。
殺害した犯人は不明。
ただ、身体中に針で突かれたような穴が空き、口腔内には棘のある栗がびっしり詰め込まれていたらしい。
どうやら栗の精がやらかしたようだ。
殺害までしなくても良かったのに……。
その後私は一度だけ栗の精と再会したけれど、「お返しさせてくれてありがとう!」と言って消えたきり、栗の精は現れなくなった。
◆
「さ、今日は栗拾いよ!」
あれから数年。
私は二児の母となっている。
結婚相手は商人として大成功した家の息子だ。
「わーい! くりひろうのだいすきー!」
「ひろうぞぉー!」
私は今も、毎年、実家の近くの栗の木のところへ行く。
そして落ちてきた栗を拾うのだ。
いつかまた、あの栗の精に会えたなら……、その時には「幸せになれたよ」と伝えようと思う。
◆終わり◆




