彼は私より幼馴染みのほうが大事だそうです。~なら私は去ることにしますね~
私にはフォーカスという名の婚約者がいる。私たちは正式に婚約した関係、曖昧な関係では断じてない。が、彼はというと、私よりも幼馴染みの女性を可愛がり大切にしている。彼は婚約者はいる身だというのにいつも幼馴染みと遊んでいて、二人きりで会うことは普通、さらにはお泊まりまで繰り返している。
ある日、そのことについて触れると。
「大事な幼馴染みを傷つけるようなこと、できるわけがないだろう!」
急にキレられた。
さらに。
「君、本当に、いっつもそんなことを言うな! そんなに悔しいのか!? 嫉妬深い女とか最悪だな! 今すぐにでも離れたいくらい、いや、そもそも君がそんな嫉妬まみれのクソ女と知っていたら最初から婚約なんかしなかったのに! ああ不愉快不愉快だ! 今すぐにでも他人になりたい! でも無理なんだよな……ああ、幼馴染みを選んでおけば今ごろ薔薇色の人生だっただろうに……ああ! 今とても後悔している!」
驚くくらいの長文で、そんなことを言われてしまった。
「君みたいな性格最悪心狭すぎ女を妻にしなくてはならないなんて……ああ悲しき!!」
なぜそこまで言われなくてはならないのか。
お泊まりし放題、やりたい放題、それがどうかと少し意見を言っただけなのに。
「あの、私、婚約解消しても構いませんよ」
「なっ!?」
「幼馴染みの方と結婚なさってください、それがお互い一番良いのでは」
「本気か!?」
「はい、婚約破棄しても構いません」
「そうか! ありがとう! ではそうさせてもらう!」
そうしてフォーカスと別れることとなった私だが、その胸の内は決して暗くはなかった。
いや、むしろ、爽やかに満ちていた。
これまでは彼と幼馴染みの濃い過ぎる気がする関係についてもやもやすることも多かったが、もうこれで他人になる。そうなってしまえば彼らの関係などどうでもいいことだし、いちいち心配することもない。
◆
数年後、私は、フォーカスではない三つ年上の男性と結婚した。
彼との出会いは行きつけの店でのこと。
棚の下の隙間に硬貨を落としてしまってなかなか取れず困っていた時に彼が声をかけてくれたのが始まりだ。
その硬貨は彼のお陰で無事回収することができた。
それから彼とよく喋るようになり、徐々に関係が深まって、やがて結ばれた。
今はこの道を行けて良かったと心から思えている。
フォーカスのところにいては彼には出会えなかった。あのままフォーカスの妻になっていたら、もちろん彼と結婚することもなかっただろう。そういう意味では、フォーカスと幼馴染みのお陰でこんな風になれたという見方もできるのだ。
ある意味感謝、という面もあるかもしれない。
ちなみにフォーカスと幼馴染みは結婚後数ヵ月で離婚したそうだ。
これは友人から聞いたことだが。
二人は『彼の婚約者という邪魔者がいなくなったこと』で急激に冷めてきてしまって、しかしその状態で結婚したため、些細なことで喧嘩するような夫婦となってしまったのだとか。
で、フォーカスは今は、長時間労働低賃金の極みなブラック工場で働いているらしい。
◆終わり◆