婚約破棄されましたが、海の女神に愛されることとなりました。
「あなたみたいな地味男、無理! もっと美男子じゃなくちゃ! ってことで、婚約は破棄するから!」
その日、僕は、そう告げられてしまった。
婚約者の女性リリアは可愛らしい人だ、僕だとつり合わないのかもしれない。それは分かってはいるのだけれど。でも、だからといって切り捨てられるとは思っていなかったので、正直かなりショックだ。彼女のことを大事に思っていただけに悲しい。
でもこれ以上言えることなんてなくて。
「そっか、分かったよ。じゃあ、さようなら。今までありがとう」
僕は潔く彼の前から去ることにした。
リリアが嫌がるようなことはしたくない。
たとえ僕自身が傷つくとしても。
彼女がそれを望むなら、僕は、彼女の望みのままに消えよう。
「そうね! さっさと出ていって!」
さようなら、幸せな日々。
涙がこぼれそうだった。
でも堪えた。
いい年した男が泣いていたらみっともないような気がしたから。
けれども、彼女の家を出てからは、泣いてしまった。
辛いよ。
痛いよ。
心が。
海岸沿いの道を一人歩く。
それすらも息苦しくて。
「何をしているの?」
ふと海の方へ目をやると。
海に一人の女性がいた。
「悲しそうね」
「え……」
「泣いているの? わたしでよければ話を聞くわよ?」
女性は人魚のような姿だった。
下半身が魚のようになっている。
「話をしない?」
人魚のような女性、彼女は、海の女神だった。
とても美しい。
そして包容力がある。
話を聞いてもらっているうちに、次第に彼女に惹かれていった。
だから。
「ねえ、これから、一緒に海で暮らさない?」
海の女神にそう言われた時はとても嬉しくて。
すぐに頷いた。
そうして僕は彼女と海で暮らすようになった。
こんな人生を予想してはいなかったけれど、案外悪いものではなかった。
◆
あれからどのくらい時が経っただろう。
もう数年は経っていると思う。
僕は今も海の女神と共に海の中で暮らしている。
「貝殻のネックレスを作ってみたんだ。君に贈るよ」
「あら、器用ね」
「貰ってくれないかな?」
「もちろん。嬉しいわ。貰うわね」
彼女と生きる毎日は幸福に満ちている。
ちなみに元婚約者のリリアはというと、海の女神と暮らしだして少し経った頃に亡くなった。
その日、彼女は新しい婚約者と思われる男性と一緒にこの海に来た。その顔はとても楽しそうで。それを見ていたら自然と泣いてしまった。そんな僕を見た海の女神は怒り、ご機嫌なリリアを海中に引きずり込んでしまう。そうしてリリアは溺れた。彼女は婚約者の目の前で落命した。
他の男と楽しそうにしている彼女をもう見なくて済むという安堵感はあったけれど、少し寂しさも感じた。
◆終わり◆




