癒やしの聖女は自由になりたい。~王子からの婚約破棄、最高です~
聖女と呼ばれる私には『傷を癒やす』という能力が備わっていた。
この手をかざし奇跡を願えば、例外なく、どのような傷でも徐々に薄れて消えてゆく。
ただ、国の権力者がそんな力を放っておくわけもなくて。
すぐに王のもとへ連れていかれた。
「君は今日から我が王家のものだ」
「え」
「紹介しよう。君の婚約者、将来の夫は、我が息子タブだ」
私はタブ王子と婚約させられた。
彼はいつも鼻水を垂らしている不思議な人だ。蛙と猫を交ぜたような顔面に鼻水や目やに、清潔感がない。
でも逆らえなかった。
ただ従うしかなかった。
それでも性格が良ければまだ良かった。
しかしタブ王子は性格も良いとは言えない。
彼はいつも威張り散らしている。
従者に殴りかかることだってあるくらい。
そんな彼は、私を嫌っていた。
「聖女ぉ? はぁ~嫌だ嫌だ。女ってさ、王子に近づくためなら何でもするよなぁ。きっもぉ~。寄んなよ、聖女ぉ」
いつまでこんなところにいなくてはならないのか。
いつまで彼に失礼なことを言われ続けなくてはならないのか。
ここは地獄だ。
◆
そんなある日。
「聖女ぉ、ちょっと話したいんだが」
「――はい何でしょう」
タブ王子がまともな言葉で声をかけてくるのは珍しい。
「婚約、破棄することにしたから~」
「へ?」
「聞こえなかったかぁ。ならもう一回言ってやる聞けよ~……婚約! 破棄! することに! したから!」
婚約破棄――聞き間違いではなかった。
それはいい。
そういうことならとても嬉しい。
「はい! それ、いいですね!」
「え……」
「では! 私はこれで! さようなら!」
喜びに胸を躍らせながら、駆け出す。
彼が言ったのだ。
婚約を破棄する、と。
ならば抗いはしない。
従おう!
王子の選択なのだから!
――なんてね。
その後、私は荷物をまとめて、速やかに城から出ることにした。
途中国王の部下に止められたけれど、婚約破棄がタブ王子の決定であることを言えば、向こうもそこまで踏み込んではこられない。
色々嫌なことをされたが、彼は最後に良いことをしてくれた。
今日、私は再び、自由になる。
◆
その後、私は、国を脱出した。
国内にいてはまた連れていかれるかもしれないからだ。
王の命令でも、国外の者には手を出せないだろう。
私は脱出した先の国でこの癒やしの力を使うことを選んだ。怪我をした兵士の手当てをしたことがきっかけで表彰され、本来より早い年数でその国の国民となることができた。
幸い、その国は自由のある国だったので、利用されることはなく。
私は私の意思でこの力を使うことができた。
◆
二年後、タブ王子が王となった途端、あの国は我が国に兵を派遣してきた。だが準備は雑で。何も分かっていないタブ王子らしいと言えばそれまでだが、あの国の軍はあっという間に蹴散らされた。
タブ王子――いや、現在はタブ王なのだが、彼は戦争を起こした犯罪者として我が国に拘束され、後に処刑された。
私が彼の顔を見ることはもう二度とない。
「聖女様、例の怪我人のことでお話が」
「あぁはい。どうぞ。何でも」
私は今は怪我人の治療をする仕事をしている。
生まれ育った国にはいられずとも、穏やかな日々はこれからも続いていく――そう信じている。
◆終わり◆




