彼を信じた結果、婚約破棄されました。~結婚は刺激的かどうかがすべてではありません~
「君が好きだ。君と生涯を共にしたい。それだけが僕の願いなんだ」
あの日、彼はそう言って、私と生きる道を選ぶことを明確にした。
だから信じようと思った。
彼と生きようと思うことができた。
言葉だけなんて怪しい――そう言われてしまえばそれまでではあるが、それでも、彼の瞳を見れば信じられるような気がしたのだ。
◆
だが関係は一年ももたなかった。
「悪いけど、君との婚約は破棄とさせてもらうよ」
彼は一年さえ私を見続けてくれなかった。
婚約するや否や彼の心は遥か彼方へ行ってしまったようだ。
「……なぜ?」
心当たりはあるが一応尋ねてみると。
「実はさ、君より素敵な女性に出会ったんだよね。僕はより良い人と生きたいよ。だからこう決めたんだ」
彼は楽しげな調子でそう言った。
「婚約を破棄するって明確に言うんだから、僕、最高に善良な男だよね? ふふっ、褒めていいんだよ?」
すぐに心変わりしておいて――褒めて、だと?
呆れる。
それしか言えない。
「……では、これで」
「理解してくれてありがとう! 君ならきっと分かってくれると思っていたよ! じゃ、これでね!」
彼は最後まで快晴の日の空のような笑顔だった。
罪悪感なんてない。
躊躇いもない。
彼は愛する人だけを見つめ、私の心など見ようともしないのだろう。
……でもいい、どうせ、今は愛されているその女性だって同じようになるのだから。
◆
数ヶ月後、私の元婚約者である彼が殺害されたということを知った。
彼を殺めたのは。
ふられたばかりの恋人。
その女性は、彼に急に愛されなくなったうえふられたことで発狂し、ふられた数日後に夜道で彼を背後から襲った。
そしてぐさりとひと刺し。
こうして、元婚約者の彼は、あっという間に亡くなることとなったようだ。
当然人殺しは罪なのだが。ただ、その女性の気持ちも、まったく理解できないかというとそうではない。私も過去彼に急に捨てられた身だから。突然希望を奪われる苦痛というのは凄まじいものだ、それこそ正気を失いかねない場合だってあるだろう。
ま、私はその女性のせいで切り捨てられたのだから、同じ目に遭ってざまぁという感じもあるのだけれど。
◆
思わぬ形ではあったが、元婚約者は物理的にこの世から消えた。
ならばもう彼を想う必要もなく。
そして彼との日々を思い出す必要もない。
私は彼との思い出のものはすべて処分した。
その直後、行きつけの茶葉店にて一人の青年と出会い、親しくなった。
趣味が似ている。
それが私たちを強く結んだ。
で、あれから数年が経った今も、私は夫と穏やかに楽しく暮らせている。
「昨日言ってたあの茶葉、買ってきたわよ」
「え! ほんとなのか!?」
「わざわざ嘘を言う必要性がないでしょ」
「あ、いや、ごめん、そういう意味じゃなくて」
「……ふふ。分かってるわ」
二人で暮らす家は森の近くにあって、静かで、少々虫はいるがそれを除けば暮らしやすい。
「早速淹れてみるわね」
「やったー!」
大きな刺激はない。
けれども安定と信頼は確かに築かれている。
夫婦なら、そんな関係も悪くはない。
◆終わり◆




