婚約破棄され戦争のきっかけとなってしまった姫は人々のため生きることを選ぶ。~聖女ニーカは謎多き乙女~
一国の姫であるアニカ・オーデッド。
わずかに波打っているが艶のある栗色の髪は美しく、国民からの人気も高い。その人気の高さは、非公式ながらアニカ姫ファンクラブなどというものが発足されているところからも察することができるだろう。
そんな彼女だが、その日、婚約者である隣国の王子アルファンからある言葉を告げられてしまう。
「アニカ・オーデッド様、すみませんが、婚約は破棄とさせていただくことに決めました」
急に言われ、戸惑ったような顔をするアルカ。
「ええと……なぜでしょうか?」
「貴女はとても美しいのですが、私には貴女より好きになってしまった女性がいます。そこで、貴女との関係は終わりにしようと考えたのです」
アルファンは真剣な面持ちだった。
「婚約を破棄するのは貴女のためです。貴女とて、形だけの妻となるのは嫌でしょう? これは私なりの優しさですよ」
アルカは困りきってしまう。
「お待ちください。そのように勝手に決められてしまっては困ります」
「形だけの妻を選ばれるのですか?」
「私と貴方の婚約は両国の関係にも関わるものです。それを一方的に破棄するとなれば、両国の関係は悪化するでしょう。……そのことには何も思われないのでしょうか?」
二人の関係というのは、ある意味では二つの国の関係とも言えるのだ。
もともと、二国間には、不穏な空気が漂っていた。
それを変えたのが二人の婚約で。
二つの国からそれぞれ一人を出すことで、少しずつながら、関係が改善へと向かいつつあった。
ただ、もしここで婚約が破棄となったなら。
ここまでの関係改善はなかったことになりかねない。
そのことを考えていたからこそ。
アニカは婚約破棄をすぐには受け入れられなかった。
けれど。
「そんなこと、私には関係ありません。私は国のことなどどうでもいい、それより、私の愛を貫きたいのです」
アルファンは国の関係にはそれほど興味がなかった。
彼にとっては自分と自分の気持ちがすべてで。
婚約破棄後の周囲のことなどどうでもいいことだったのだ。
「そう、ですか……」
その後もしばらく説得しようとするアニカだったが、アルファンとの会話は平行線にしかならず。
結局その日はそのまま終わってしまった。
で、婚約は破棄となった。
アニカ側はもちろん怒った。
彼女に仕える侍女たちも激怒し悪口を言っていた。
「聞いた? アルファンとかいうあの王子、アニカ様を捨てられたんですって!」
「あ~もう嫌。あの人自分勝手と思ってたのよ~腹立つ~」
「サイテー」
「あの麗しい姫様を捨てるなど理解不能でごわするぅ」
婚約破棄の件以降、両国の関係は負の方向へ一気に傾いて。
みるみるうちに険悪になっていく。
アニカはずっとそれを心配していたのだが――ついに二つの国は戦争になってしまった。
何度も国王を説得しようとしたアニカだったが無力で。
幕開けた戦いを止めることはできなかった。
◆
戦争が始まって数カ月。
アニカは戦争を止めることができないと悟るとこっそり街へ出た。
そしてある活動を始める。
戦いによる被害を受けた人々を支援する活動である。
彼女は覆面をつけ、アニカであることは名乗らず、ニーカという名で活動していた。
ニーカはどこにでも現れる。
そして人々を助ける。
人を傷つけることはせず、しかし、汚れ果てた人たちの心を綺麗に洗い流してゆく。
そしていつしか人々からこう呼ばれるようになる――『聖女ニーカ』と。
一方で、アニカ姫が行方不明となったことは大事件となり、大規模な捜索活動が行われた。
しかし彼女は見つからず。
自ら死んだのではないか、という噂まで出たくらいであった。
◆
数年後、戦争は終わる。
犠牲はあったがアニカらの国は勝利を収めた。
隣国はアニカらの国のものとなり、あちらの国の王族はそのほとんどが拘束されることとなった。彼らが処刑されることはなかったが、牢に入れられ、贅沢で傷自由はない暮らしをすることとなった。
ただし、戦争の原因を作った王子アルファンだけは別で。
アルファンだけは今はもう生きていない。
彼は、アニカの国の民の中の過激派によって襲撃され、誘拐された。
その後、とある山小屋内にて、悲惨な状態で見つかった。
発見時彼は既に亡くなっていた。
戦後のある日、いつものように活動していた『聖女ニーカ』のもとへ城から遣いがやって来て、彼女を城へ連れていった。
「あなたが『聖女ニーカ』と呼ばれている方なのですな」
「……はい」
覆面は外さないニーカ。
「戦時中は色々支援してくださったようですな。ありがとうございます。感謝申し上げます」
覆面越しに父親と話すこととなったニーカは緊張していた。
「いえ」
長い文章は紡げない。
「ところで、その覆面は外せませんかな?」
「……これは」
「どうかお願いしたいと思っておるのですが、無理ですかな? もちろん、皆には言いふらしませぬぞ」
ニーカは躊躇った様子だったが――やがて覆面を外した。
「アニカ!?」
目玉が飛び出るほど驚く国王。
「……お父様」
アニカは気まずそうな顔をしていた。
「ど、どうして!?」
国王は全身をぶるぶる震わせる。
「私は戦いを望んでいませんでした。しかしお父様は制止を聞いてくださらなかった。ならばせめて被害を受けている人々のために何かしようと思い、仮の姿で出掛けていたのです」
こうして謎の聖女ニーカの正体が明らかになったのだった。
その事実は国の民にも発表され。
彼女が生きていたことを知った国民は姫の無事を喜んだ。
その数十年後。
アニカ・オーデッドは、女性でありながら、国民から強く希望されたこともあり国王の座を継いだ。
国が始まってから一人目となる、女王であった。
◆終わり◆




