お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。
「お前は要らない」
婚約者アーダンスは豪華な椅子に腰かけて腕組みをしながら告げる。
「婚約は破棄とする」
彼との出会いは親の圧に負けて参加したお見合いのような場であった。
親同士が気が合ったため、私たちは結ばれることとなったのである。
お互いが選んだわけではないので、想い合い続けるのは難しいこと。それは分かる。が、婚約しておいて今さら「お前は要らない」は少し酷いなとは思う。
とはいえ、結婚してから嫌い合うようになるというのも厳しいものがある。
それなら早くに離れる方が良いのかもしれない。
「そうですか、分かりました」
「ふん。……やはり可愛くないな」
「そうですね。では、これで」
笑みを崩さない。
「私は去りますね。さようなら」
「待て、何か言うことはないのか」
「はい?」
「少しくらい謝ってはどうだ」
すみませんが意味が分かりません。
……謝るのはそちらでしょう? 約束を違えることを選んだのだから。
ま、でも、彼に謝ってほしいとは思っていない。
こちらが謝らなくてはならない意味が理解できないだけであって。
謝罪を強要するようなことはしない。
「これにて失礼します」
「潔くていいのか?」
「もうお話することはありませんので」
終わらせたのは向こうだ。
こちらにはこれ以上関わる義務はない。
さようなら。
きっともう二度と話すことはないでしょう。
こうしてアーダンスとの婚約は破棄となったのだが、その後、婚約を希望する者が複数現れた。
私、こう見えて、わりと人気があるのだ。
自分で言ってしまうと変かもしれないけれど。
昔から求められることが多い。
……自慢に聞こえたら申し訳ない。
とはいえ、一度厄介なことに巻き込まれたこともあり、以前よりは疑り深くなっている。
すぐには決められなかった。
たとえ相手が婚約を望んでいる人が相手であっても、だ。
また急に心変わりするのではないか。
ふとした瞬間にそんなことを思ってしまうのだ。
かなり慎重に吟味した結果。
この国の第三王子である青年と縁を結ぶことを決めた。
彼は大層喜んでくれて。
そうして、私は、新しい世界へ向かうことができた。
彼のもとへ行く日。
空は青く澄みわたっていた。
今日は新たな始まり、そう思うことができるような空だった。
◆
それから数年、私は、第三王子の妻として幸福に生活できている。
毎日はとても忙しい。
王子の妻だけが受けなくてはならない授業のようなものもあり、王子の妻としての生活はそれまでの生活とは少し違ったもので。
最初は戸惑った。
でも夫がいる。
彼がずっと心の支えになってきた。
今ではこの環境にも慣れて、おおよそ問題なく暮らせるようになったと感じる。
ちなみにアーダンスはというと。
現在は山賊の手下として奴隷のように使われているらしい。
聞いた話によれば、恋人と山を散歩している最中に山賊に襲撃されたそうで。
命だけは、と、泣いて命乞いした結果……一生を奴隷として山賊に捧げるという契約をさせられたとのことだ。
で、彼は、その日をもって人ではなくなり。
山賊のために働く奴隷となったのだ。
◆終わり◆