女性からの人気が凄まじい婚約者から婚約破棄を告げられてしまいました。しかしその後色々あって王妃にまでなりました。
私には婚約者がいる。
陶器のような滑らかさのある肌、鋭い鼻、凛々しい目もとに紅の刺激的な瞳、さらりとしつつ艶のある黒髪にそれと同じ色みの眉。
容姿は整っている男性だと思う。
ただ、女性からは凄まじい人気で。
それゆえか浮気のような行為が多い。
しかもそれを隠そうともしないのだから驚きだ。
彼の中に婚約者への配慮なんてものはまったくもって存在していない――否、そもそも、他の女性と親しくすることへの罪悪感がないのだろう。
「急にごめんね」
「いえ。それで、用事とは? 何でしょうか」
そんな彼――オーブトから、今日、告げられてしまった。
「君との婚約なんだけど、破棄することにしたんだ」
彼は少し笑ったような顔をしながらそう言った。
いや、なぜ半笑いなのか?
婚約破棄するということを伝える、それ自体はまだいいとしても、だ。
重要なことを伝える時くらい真面目な顔をできないのか。
なぜ敢えてこの流れで笑みを滲ませる必要があるというのか。
私が突っ込むべきところではないのかもしれないが――それでも、どうしても、そういうところは気になってしまう。
「そうですか。……分かりました、婚約は破棄ですね」
「うん、そういうことだから」
「ですが、そのような重要なことを半笑いで告げるというのは、正直良くは思えませんね」
嫌みを言ってやると。
「何を言っているのかな? 君に良く思われる必要なんてない」
ニヤニヤしながらそんな言葉を返してきた。
あぁいちいちもやもやいらいらする……。
これ以上関わっていたくない……。
「そうですね。では、さようなら」
ここはとっとと去ろう。
それが一番良い。
帰り道、見上げた空は晴れていた。
どこまでも青く澄んで。
爽やかを絵画として閉じ込めたようで。
心が複雑な汚い色になりそうな私を励まし浄化しようとしてくれているかのようだった。
ま、今日は、この空を見られただけでも収穫か。
そう思うようにしよう。
◆
実家へ戻り事情を告げると。
「そんな……信じられない、貴女が婚約破棄されるなんて……」
母親は衝撃のあまりふらつき倒れそうになった。
それを後ろから支えたのは彼女の夫でもある私の父親。
「まぁいいんじゃない~、そういうこともたまにはあるよ~」
父親は相変わらず呑気だ。
彼がこんな調子なのはいつものことだから驚かない。
その後ろから走って出てくる妹。
「お姉ちゃん帰ってきたのね! 待ってたわ! ……え、婚約破棄? あ……その、ちょっと……あの、なんかごめん……」
変に気を遣われてしまった。
「取り敢えず中に入ろうか~。皆でお茶でもしようよ~。美味しいお茶でも飲んでから、改めて話を聞きたいな~」
こうして私は家の中に入ることにした。
母親はまだ顔色が悪い。
「母さん、大丈夫?」
「……ごめんなさい、駄目よね、貴女のほうが辛いはずなのに」
「ううん、私は大丈夫。こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい。母さん、体調が優れないなら無理しないで」
父親はお茶を淹れている。
妹は皿を出しながらも弱ってしまった母親を心配している。
その後、改めて、オーブトから婚約破棄された話をした。
◆
――あれから五年。
私は王妃となっている。
驚かれただろうか? いや、恐らくそうだろうとは思う。私自身、こうなることを想像していたかというと、そんなことはなかった。そういう意味では誰もが私と同じ心境ではないだろうか? ……なんてね。
だが、王の妻となっていることは事実である。
きっかけは父親の親戚のおじさんがくれたティーパーティーに参加したこと。
私はそこでこの国の第二王子に出会った。
妹と二人で参加していたのだが、ティーパーティー開催中に唐突に声をかけられたのだ。
どうやら彼は私に一目惚れしたようで。異様に積極的に絡まれた。しまいには「また会いたい」と言われ、定期的に城へ通うようになっていった。
やがて彼と結婚する方向へ話が動き出した。
また、結婚を機に、私の一家も城へ移り住むこととなった。
私と彼が結婚した一年後。
城内にてある事件が起こる。
そう――国王とその長男が何者かに殺害されたのである。
そして急遽私の夫である彼が王となることになってしまった。
……それを聞いた時はさすがにかなり驚いた。
もちろん、私の母親はかなり驚き、しまいには「あばばばばば」しか言えなくなって世話係に心配されていた。
とはいえ今は幸せに暮らせている。
そうそう、そういえば、最近になってオーブトのその後について聞く機会があったのだが。
彼はあれからもたくさんの女性と遊ぶことを続けていたらしい。
だがある時うっかり予定を重ねてしまって。
遊んでいた女性のうちの二人が出会うこととなってしまったそうだ。
で、二人は殴り合いを始めてしまう。
オーブトは急に始まった殴り合いを止めようと間に入ったそうなのだが、その瞬間に二人の拳が急所に刺さってしまい、その場で倒れた。
そのまま数時間放置され、落命してしまったとのことだ。
◆終わり◆