婚約破棄されてしまったわ! ~泣きたい心がないわけではないけれど、前を向いて生きていこうと思うの~
「君との婚約について話したくて呼んだんだ」
婚約者ルックは正面から私をじっと見つめる。
「婚約、ですか? はい、何でしょうか」
その日は想定していなかったタイミングでやって来た。
「婚約、破棄することに決めたから」
雷に打たれでもしたかのような感覚。
悪寒さえ感じられて。
唇が意図せず震えてしまう。
婚約破棄? ……待って、そんなことって。何かの間違いではないの? 私は何もやらかしていないはず。浮気したわけではないし、身分を偽ったりしていたわけでもないし、彼との関係も普通だったし。なのにどうして? 婚約を破棄する、なんて、どうして言われているの……?
混乱して涙が出そう。
「母から聞いたんだ、君、僕の母を虐めていたんだってね」
「え? え?」
「君がそんな悪女だったとは知らなかったよ。同性にだけ酷いとか特に酷いなぁ。ってことだから、じゃあ。これでお別れだよ、ばいばい」
私はこうしてばっさり切り落とされた。
何も聞いてもらえなかった。
本当のことを言うことさえできなかった。
悲しい、としか言い様がない。
ルックに別れを告げられてから私は悶々とするばかりだった。
あんな風に悪女扱いされるのなんて初めてで。
どうすれば良いのか分からない。
私は取り敢えず実家でゆっくり休むことにした。
今は休息しよう。で、落ち着いたら今後のことを考える。それでいい。どうせ今の脳では良いものは生み出せやしない、ならばここは休息に徹するに限る。この悲しみはいずれ薄れるだろう。それから前を向いて歩き出せば良い。
◆
婚約破棄されてから数年、私はもうすぐ結婚する。
もうじき結婚する彼は弱っていた頃に出会った人。
昆布のようなひげともっちりした顔が個性的な人だがいつも親切で温かく接してくれるので嫌いでない。
今は未来に希望を見ることができている。
もちろんこの先にだって苦労はあるだろう。困ったこと、辛いこと、絶対にないとは言いきれない。いや、むしろ、そういうことに出会う可能性の方が高いはず。なぜならそれが人生というものだから。誰だってそういうものだから、それは仕方ないことなのだ。
でも生きていく。
細やかな幸せを手にとって、生きていこう。
ちなみにルックはというと、ある時山歩きのついでに山菜を取って山小屋のようなところで食べたそうなのだがその時にうっかり毒のあるものまで食してしまい、酷い下痢の果てに亡くなってしまったそうだ。
◆終わり◆