婚約破棄を告げられた日、私は『運命の出会い』というものを知ることとなりました。
それは、湿気の匂いが漂い嗅覚を刺激するような雨降りの日。
「あのさぁ、君との婚約はさぁ、今日で破棄ってことにするからぁ」
赤髪の婚約者クリストンは濡れた窓を眺めつつそんなことを言ってきた。
それはあまりに突然で。
すぐには言葉を返せない。
「君と結婚でもまぁいいかーって思ってたんだけどさぁ、段々、やっぱ妥協したくないなぁーって思えてきてさぁ。悪いけど、これで終わりにしよう。君だってさぁ、好かれていないところでさぁ、生きるなんて嫌だよね? 別れた方が絶対お互いのためだからさぁ。だから、ばいばい」
クリストンは曇った窓に指先を当てる。そして曇りを晴らすように文字を書いていく。そう、子どもの遊びのように。で、そこに書かれたのは『永遠の別れ』だった。
「さよなら」
彼はこちらへ視線を向けてにっこり笑みを見せる。
「あの……ちょっと、待って……」
「もう話すことはないからさぁ、ばいばい? ってことで」
こうしてクリストンとの関係は終わってしまった。
私は雨降りの中を歩く。
湿気さえも今は切なく感じる。
空はまるで私の心を映し出しているかのよう。
どこまでも切なく、どこまでもじめじめしていて……お世辞にも明るいとは言い難いような。
だが、その帰り道に、私は出会った。
運命の出会い。
そう感じられる出会いが私を待っていたのだ。
「雨の中歩いているなんて……貴女、大丈夫ですか?」
「え」
「何かあったのですか? 濡れています。あぁ、とりあえず、このハンカチを頭にかけてください」
その人は美しい人だった。
簡単に言えば、美女。
凛々しさのある整った容姿の女性だ。
◆
「それは災難でしたね」
女性の名はエリエラといった。
彼女はこの辺りで一人暮らしをしているらしい。
ちなみに今は彼女の家にお邪魔している。
「すみません、お邪魔してしまって……」
とても優しい人だ。
初対面の私を労ってくれる。
これはもしかしたら『運命の出会い』かもしれない。
「いえいえ。あ、ところで、身体が冷えていませんか?」
「え?」
「濡れていたでしょう、寒くなっていませんか。風邪を引いては大変ですから、暖かくしておいてくださいね」
「あ……はい。ありがとうございます」
この酷い雨では実家へ帰るのも大変かもしれない。今はここにいて雨宿りする方が良いのかもしれない。クリストンの勝手のためにびっしょり濡れながら帰宅する、そんな虚しいことはないと思ってしまう。
◆
あれから数ヵ月。
なんだかんだで今もエリエラの家に住んでいる。
「すみません、エリエラさん、長く居座ってしまって」
「いえ。もうずっとここにいても構いませんよ」
「えっ、それって……」
すると彼女は言ってくる。
「これからも一緒に暮らしませんか?」
私は頷いた。
「ぜひ! よろしくお願いします!」
◆
あれから数年が経ったけれど、私は今もエリエラと生きている。
迷いがなかったわけではない。
ただそれでも幸福を感じている。
ちなみにクリストンはというと。
あの後、恋人との散歩中していた時に、魔物に襲われてしまって亡くなってしまったそうだ。
亡骸は一切残らなかったらしい。
◆終わり◆