婚約破棄されたその日に踊った踊りが、いつしか、地域の踊りとして定着しました。表彰までされて驚きです。
「お前とはもう終わりだ! これからおらは愛する人と生きるんだよ! だから、婚約なんざ破棄してやる! いいなっ? いいだろ? そういうことそういうことだから! これで終わり!」
その日、私は、一方的に婚約破棄された。
快晴ではないが雨降りでも曇りでもない曖昧な天気の日。
想定外の展開に襲われて。
私は当たり前に手にしていたものを突如失ってしまった。
その日の夕暮れ時、空の色が朱に染まる頃、私は村の畑で踊る。
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
声と共に足を交互に踏み鳴らす。
手は横に真っ直ぐに伸ばして左右を交互に上下させる。
腰は右左右左と揺さぶって。
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はい、ほい、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はいーっと、ほい! はいーって、ほいっとさ! はい! ほい! はい! はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
そして。
「ふにゃにゃか、ふにゃにゃか、ほい、とら、ふにゃかん」
回転しながら首を前後左右に倒す。
「ふにゃにゃか、ふにゃにゃか、ほい、とら、ほい、とら、ふにゃにゃか、はい! ほい!」
そしてまた最初のふりに戻る。
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はははははいほい、はい、ほほい! あーはいはいっはいっと、あーはいほいへいほいはいー、はい! あ、はい! あっ、はい! らいらいはいほい!」
ハーフアップにしている栗色の髪が乱れるのは気にしない。
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
その時はまだ知らなかった。
「へいほい、ほいっ、と、へい! へい! はい、ほいっとー、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
この踊りがどうなるか、なんて。
数ヵ月後、あの踊りが村で大流行し、村長の娘が気に入ったこともあり『地域の踊り』に制定された。以降、この村では、何か式典があるたびあの踊りを皆で踊ることとなって。さらに、驚いたことに、文化の発展に貢献したとのことで私は表彰された。表彰の際、固まったお金も貰えたので、我が家はぐっと裕福になった。
その話を聞いた元婚約者がやって来て、「村に貢献したそうだな。今なら妻として受け入れてやってもいい」と言ってきたのだが、「受け入れていただかなくて構いません」とはっきり断った。
今さらやり直す気はない。
私は踊りが忙しいのだ。
今日も村の子に踊りを教える会に参加しなくてはならない。
「ではみんな踊ってね! ……あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はい、ほい、ほいはは、あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、ははい、はいっと、はい! ほいはいははほい、ほい、はは、あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
子どもたちは懸命に踊る。
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
「はい、はい、ほいーっ、と、はい!」
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! ははほほほははははっ、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
それから一年が経った頃、元婚約者が亡くなったことを知った。
風邪をこじらせてしまったそうだ。
気の毒には思うが、まぁ、たまにはあること。
そこまで気にしなくていい。
「みんな踊るよー」
「「「「「はぁーいっ!!」」」」」
私はこれからも踊り続ける。
「あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はい、ほい、ははははほい、ほい、へいほほ、あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あーあーあー、っほい! ほいへほへいほい、ほいっへい、あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっ、はい! あー、はいっ、はいっと、はい!」
婚約破棄の直後に発明され富までもたらしてくれた、この、特別な踊りを。
「あぁあー、はい、はいっ、はいっと、はい! いー、はい、はいっ、ほいっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はははいほいはい、ほい、ほほ、ほいっと、ほい! ほい! はいほいほはい! はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はははいほい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! はい! はい! へいほいへいほい、ほいっへい、はい! はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい!」
それが私の人生だ。
「あー、はほい、はへいいっ、はほっと、はい! あー、はい、はいっ、はいっと、はい! あー、はほははへいほい! はい、はいっ、はいっと、はい!」
◆終わり◆