婚約破棄から開ける未来! ~おにぎりは今日も美味しいですね~
その日、一通の手紙が届いた。
真っ白な封筒。そのすみには一匹の白い鳩が佇んでいる。赤く押されたスタンプを外し封筒の口を開ければ、中から封筒同様真っ白な便箋が現れる。
何も思わずその便箋を開いて。
そして現実を知ることになった。
『君との婚約、この手紙の到着日をもって破棄とする』
私は愕然とした。
そんなことをこのような形で告げられるとは夢にも思っていなかったから。
信じられなかった。
なぜ婚約破棄? という感じだ。
だって私と彼は上手くいっていないわけではなかったのに。
私が知らない何かがあったのだろうか。
とはいえ抵抗することはできず。
当然そのような時間も与えられず。
その日をもって、私と彼の婚約は消滅した。
「あーあ、これからどうしよっか」
自室の窓辺にて、庭を眺めながら溜め息をつく。
婚約者オーウェルと結婚するものと思っていたので、他の道に行く可能性は考えていなかった。そのため、これといって別の特技があるわけでもない。
幸い両親は優しいので怒られたりはしないだろうけれど。
その時、窓越しにこの屋敷へ歩いてくる一人の女性が見えた。
黒髪をうなじの辺りで一つにまとめている、やや恰幅のよい四十代くらいと思われる女性。
背中に布を袋状にしたものを背負っている。
それにしても。
どうこう言う気はないけれど、ここらでは珍しい髪色だ。
黒髪の女性は名をタカハタといった。
本人が言うには、彼女はこの国の出ではないそうで、ずっと東にいったところにあるとある島国の出だそうだ。
彼女がこの屋敷へ来た理由は、自作のおにぎりなるものを味見してほしいという用があってのことだったらしい。
私はそれを食べて驚いた。
とにかく美味しい。
こめ、という材料で作っているものだそうだが、真っ白ながらほどよい塩味がきいている。
彼女は近々この街でおにぎり屋を開くそうだ。
そこで私は閃いた。
「あの! もしよろしければ、協力させていただけませんか!?」
どうせすることもない。
結婚も予定はない。
ならば彼女のところで働けば良いのではないか、と。
こうして、話がまとまった。
◆
あれから数年、私は今、タカハタのおにぎり屋の一番古株な店員となっている。
つまり、タカハタ本人の次に偉いのだ。
もちろん仕切っているのは基本的には彼女なのだが、彼女がどうしても離れなくてはならない時などには私が仕切ることもある。それは、タカハタ自身が希望したことだ。だから私は、そういう時には、彼女の期待に応えられるよう頑張る。
それにしても、おにぎりは本当に美味しいなぁ。
あ、そうだ。
オーウェルのことなのだけれど、彼はやはり彼の事情があったようだ。私は知らなかったことがあった。そう、彼には私とは別に愛する女性がいたのである。
けれども、その女性と結ばれることはできなかったようで。
その女性と別れなくてはならなくなった時に急に荒れた彼は毎日のように大量の酒を摂取するようになり、ある日大量のアルコールにやられて倒れ、そのまま息を引き取ったそうだ。
ストレスがあるのは分かるが酒を飲み過ぎるのは良くない、改めてそう学んだ。
◆終わり◆