婚約破棄されて二度目の冬、惹かれる人に出会うことができました。~今さらやり直そうなんて言っても無駄ですよ~
あれはもう一年以上前のことになる。
当時私にはオーウェンという婚約者がいた。彼との関係は特別悪いことはなく、それなりに付き合えていたので、彼と結ばれ生きていくものと当たり前のように思っていたのだが。しかしその考えはある日突然壊されてしまった。というのも、オーウェンから婚約破棄を告げられたのだ。
「君より素敵な人を発見したから、君との婚約は破棄するね」
オーウェンは大好きな子どもと喋るかのような穢れのない笑顔でそう告げ、私との関係をいきなり終わらせた。
で、それから、二度の冬が過ぎたある日。
私は出会った。
心惹かれる人に。
「すみません、お隣座っても大丈夫ですか?」
「あ……はい、どうぞ」
図書館で本を読んでいた時だ、彼が声をかけてきたのは。
その日は特に何もなかった。ただ隣の席に座っているだけだった。でも私は彼に惹かれた。色づいた水晶のような美しい瞳と、本に向ける真剣な眼差し。それらからは品格が感じられ、もう少し近づきたいと思うようになって。
(また会えることなんて……ない、か)
そう思っていたのだが、翌日もさらにその次の日も、彼と図書館で会った。
「最近……よく来られてますね」
私はそんな風に声をかけた。
それから、次第に、言葉を交わす関係になってゆく。
「その本、貴女のお気に入りですか?」
「あ、はい。もう十回以上読んでいて……」
「そうなんですね。でも分かります、僕も好きな作品は何度でも読みたいですし」
彼の名はリュベルといった。
◆
それからさらに時が流れ、私とリュベルは親友のようになっていく。はじめは図書館でだけの関わりだったが、彼が私の家へ来ることも増えて。関係は深まってゆく。
そんな時だ、オーウェンがうちへやって来たのは。
その日はよく晴れながらも寒い日だった。
いつもと変わらずリュベルと本の話をして盛り上がっていたのだが。
「久しぶりだね」
「オーウェンさん……どうして」
「実は話があって」
彼は以前より痩せていた。
「やり直してほしいんだ」
「……はい?」
「だから、やり直したいんだ。もう一度君と婚約したいんだ」
何という滅茶苦茶な発想だろう。
「それは……すみません、できません」
「どうしてかな」
「私はもう貴方と関わりません」
「誰かと婚約しているの?」
「いえ、そうではありませんが……」
すると、腕を強く掴まれた。
「ならいいよね!」
身体を引き寄せられる。
「やめて!!」
「いいよね! だって元々そうなるはずだったんだからね!」
駄目だ、連れていかれる!
そう思った、刹那。
「待ってください」
壁の陰からリュベルが現れた。
「彼女には僕がいます、貴方には渡せません」
「何者なんだい!?」
「彼女は僕のものです」
「はぁ!? ふざけたこと抜かさないでよ」
「事実です、僕らは付き合っていますから。結婚する予定です」
リュベルの口からは嘘が流れ出る。
でも、ありがたい嘘だ。
「本当なの?」
「あ……はい、そう、そうです」
そう言うと、オーウェンは「面白くないな!」と吐き捨てて出ていった。
「すみません、助かりましたリュベルさん」
「いえ。こちらこそ、ありもしない嘘をついてしまってすみませんでした」
「そんなこと……助かりました」
◆
その後私はリュベルと結婚した。
数年が経った今も、彼と幸せに暮らしている。
これは後から知ったことなのだが、オーウェンがあの時私とやり直しに来たのは、愛した人に騙され資産を奪われどうしようもなくなっていたからだそうだ。
ある程度資産がある私を妻とすることで当面の生活費を作り出そうとしていたのだろう。
で、今は彼は、かなり低賃金な仕事に就いてぎりぎりの生活をしているらしい。
もっとも、彼のことなど私には関係ないのだが。
騙されたことは気の毒に思う部分もないわけではない。が、急に切り捨てるような心ない者にはそのくらいのことはあっても良いのかもしれない、と、そう思ってしまう部分もある。当然犯罪は悪いのだが。
ま、とにかく、私はリュベルと穏やかに暮らそう。
◆終わり◆