彼といて楽しかった頃もあったのです。しかし関係は変わってしまいました。私たちはもう共には歩めないのです。
「今日とっても楽しかったな!」
「ええ!」
それは、近い将来婚約者となる青年ヴィッヴとまだ出会って間もなかった頃の記憶。
「美味しい店を紹介してくれてありがとう~」
「気に入ってくれたか?」
「ええ! とっても気に入ったわ! 美味しいし、おしゃれだし、素敵だったわ」
「なら良かったよ」
初デートはレストランへ行っての夕食だった。
「良い店色々知ってるからさ、また、近く色々紹介するよ」
「ええっ本当にっ!?」
「ああ。一緒に行こう」
「嬉しいわ! ありがとう!」
あの頃はすべてが輝いて見えた。
とにかく世界のあらゆるところが綺麗で色鮮やかで。
彼の顔すらもキラキラしているように感じていた。
でも――。
「婚約、破棄するわ」
婚約者となって数ヶ月が経った頃、ヴィッヴからいきなりそんなことを言われてしまって。
「え……」
「関係を終わりにしたいんだ」
気づいた時には彼の心は決まってしまっていて。
「もう決めたことだから。じゃ、そういうことで。さよなら」
終わってしまった……。
あんなに輝いていた世界、同じ風景を見ているはずなのに、今は白黒の荒んだ世界にしか見えない。
ヴィッヴのいない世界。
そんなものは想像していなかった。
人一人がいなくなるなんて珍しいことではないし、いつかは訪れる時――当たり前のことなのに。
ああ、どうして、こんなことにっ……。
その日からしばらくは一日に何回も泣いてしまっていた。
ただ、雨降りもいつかは終わるというもので。そんな日は来ないと思っていたのだけれど、その日はやって来た。
というのも、新たな出会いがあったのだ。
傷心のまま散歩していたところ定期的に会うようになった同じ年齢の彼はウィブという名だった。
私はみるみる彼に惹かれていって。
気づけば両想いになっていた。
そして、彼と出会ってから、いつの間にか泣かなくなっていることに気づいた。
「お茶会とか好きですか? どうです、一緒に参加してみませんか?」
「そうですね……楽しそうです」
彼との縁が世界を塗り替えてゆく。
「わぁっ」
「え?」
「笑顔! 素敵ですね!」
「え……え、え……」
「いつも悲しそうな顔をなさっていたから少し驚いてしまって。すみません! 失礼ですよね! でも、でも、笑顔はとても素敵です……!」
色を失った世界に、新しい色が流し込まれて。
「ずっと笑っていてほしい……!」
その後、二人で参加したお茶会の会場内にてウィブからプロポーズされ、流れに乗るように彼と結婚することになった。
「ウィブさんが私を選んでくださるなんて思いませんでした」
「驚かせて……すみません、サプライズなんて迷惑でしたよね」
「い、いえ! そんなこと! ない……です、その、びっくりはしましたけど嬉しくて」
私には未来がある。
明るい明日やその先の日々が。
「本当に?」
「もちろんです」
「そう……なら良かったです。そして、受け入れてくれてありがとう。きっと、絶対……幸せにします……!」
「ありがとうございます、ウィブさん」
すべてを諦めるのはまだ早い!
そう気づいたのは、そう思えるようになったのは、ウィブに出会ったから。
これからは二人で。
未来を、道を、拓いてゆきたい。
ちなみに元婚約者であるヴィッヴはというと。
あれから複数人の女性と同時に交際することを続けていたそうだが、ある時その中の二人が姉妹であったことから彼の身勝手な人付き合いが明るみに出てしまい、それによってヴィッヴは女性たちから総スカンを食らうこととなってしまったそうだ。
で、あっという間に皆に去られてしまって。
ヴィッヴは気づけば一人ぼっちになってしまっていたそうだ。
それからは、結婚相手を見つけようとしても誰からも相手してもらえないためにどうしようもなく、段々絶望していったらしく――今は生きることそのものに絶望して死を強く願っているらしい。
だがそれもヴィッヴの生き方ゆえ。
これまでの己の行動が寂しい現在を生み出してしまった、ただそれだけのことだ。
◆終わり◆




