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湖の畔にて、婚約破棄を告げられました。

 その日、私は、婚約者プルルンと共に湖の畔にいた。


 そこはいつだって静か。

 人なんて滅多に通らない。


 今日もまた、湖は静かにそこにある。


 水面はいつ見ても美しい。空を映し出すそれは、ある意味、この世を映す鏡のようにも思える。すべてをじっと見つめる瞳のように世界を映し出し、けれどもそれ以上干渉することはなく。水面はいつもそこにある。


「悪いな、急に呼び出して」

「いえ、いいのよ。それで? 用事って、何?」


 するとプルルンは切り出す。


「婚約のことなんだが……破棄、させてもらうことにした」


 彼は気まずそうに言った。


 どうやら、用事とはそれだったようだ。


 伝えたいことがあって……用事があって……そう言われてここへ呼ばれたので何かと思っていたが、そういうことだったようだ。


「婚約破棄? どうして?」

「君より素晴らしい人に出会ったんだ。彼女はどこまでも忠実でどこまでも可愛らしい。君のことだって嫌いではないけれど……彼女には敵わないよ」


 彼は本心を話している。

 そう感じた。

 そういう顔つきをしていた。


 嘘をつかれるよりはまだ良い。

 本当のことを聞かせてもらえるのはありがたいことだ。


 とはいえ、婚約しているというのに乗り換えられるというのは、あまり良い気はしない。


「そう。分かった。でもいいの? 慰謝料を払ってもらうことになるわよ」

「え」

「婚約の時にサインしてもらったあの書類に書いてあったでしょう? そちらの都合で婚約破棄となった場合には慰謝料の支払いを強制する、と」


 彼は一瞬戸惑ったような顔をした。


 でも今さら引けなかったようで。


「いいよ、それでも」


 そう言った。


 その日をもって、私とプルルンの婚約は破棄された。


 彼には慰謝料の支払いが命ぜられる。


 私は複雑な気持ちだった。

 でも支払われた慰謝料は受け取った。


 彼との終わりがこんな形になってしまうとは驚きだ。でも過ぎたことにはこだわらない。彼は彼で、惚れた人とせいぜい幸せになってくれ。


 長続きすればいいわね、という感じだ。



 ◆



 プルルンに婚約破棄された件から五年半ほどが経過した。


 あの日を最後に彼とは会っていないけれど、私は別の男性と結婚して子も設け、穏やかな家庭を築くことができている。


 最近はパイ作りに凝っている。

 個人的なブームなのだ。


 思いつきで初めて作ってみた時に夫が褒めてくれた。それがとても嬉しくて、それ以来、私は定期的にパイを作るようになった。腕も少しは上がったのではないだろうか。ちなみに夫は、今も、私の手作りパイを褒めてくれる。出すと美味しい美味しいと言って食べてくれるから、こちらも嬉しくなる。


 一方プルルンはというと。あの時惚れ込んでいた女性とは上手くいかず、親が連れてきた別の女性と結婚することとなったそうだ。だがその女性と夫婦になることをどうしても受け入れられなくて。ある日の夕暮れ時、ふらりと家から出ていき、そのまま行方不明に。後日、湖の畔にて、亡骸となって発見されたそうだ。


 ちなみにこれは、母親から聞いた話である。



◆終わり◆

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