女好き王子から婚約破棄を告げられたのですが、魔界の王に妻となることを求められまして。
私の婚約者でこの国の王子でもある二つ年上の青年アンドリアン・ボルフェットは女好きだ。
婚約者がいる身でありながらも、何人もの女性と関係を持ち続けている。
けれども私はこれまで何も言わないようにしてきた。
それも経験、城内にそんな風潮があったからだ。
入った先で自分だけの正義を振りかざすようなことはしないようにしようと思って、自分が嫌だと思うことでも見逃してきたのだ。
しかし。
「お前、この前俺以外の男と一緒にいただろう」
アンドリアンは怒っていた。
確かに私は先日彼でない男性といた。だがそれは個人的な付き合いではない。王子の妻として、できる範囲で働いていたのである。いわば、避けられない関わりであった。
なのに彼は私を責める。
「まさかお前が婚約者以外と親しくするような股の緩い女だとは思わなかった! 幻滅した! あぁもう気分は最悪だ、俺という男がいながら他の男と一緒にいるなんぞ理解できん!」
そしてついに言われてしまう。
「股の緩い女を妻とする気はない! 婚約は破棄だ!」
私の説明は一切聞いてもらえなかった。
それどころか、婚約破棄に加えてあっという間に城から出ていかされてしまった。
こちらはずっと彼の女遊びを咎めることなく我慢してきたのに――なぜあんなことだけで捨てられなくてはなかたのだろう。
しかも、股の緩い女、などという汚名を着せられて。
まったくもって理解不能だ。
どうして私だけが悪とならなくてはならないのか。
そんな風にもやもやしながら街で暮らし始めたちょうどその頃。
一人で暮らしている自宅に見知らぬ男性がやって来る。
「貴女が元・王子の婚約者ですね?」
黒い神父のような服を着た男性はいきなりそう尋ねてきて、こちらが戸惑っていると。
「実は、わたくし、魔界から参りました」
すぐには理解できず。
「え……」
それしか言えずにいると。
「本題から話させていただきます――我らが王の妻となってはくださいませんか?」
黒い服の彼はそう言った。
彼の話によれば、彼らの王である魔界の王ポポが私を妻にしたいと言っているのだそう。ちなみに、ポポが私を知ったのは、アンドリアンの婚約者をお披露目する会の時だったらしい。その時、王子の婚約者となる私を目にして、運命を感じたのだそうだ。
もっとも、私は王子の婚約者だったので、向こうはその時すぐに動くことはできなかったようだが――。
「いきなりで申し訳ありません」
「いえ……」
「で、どうでしょうか。考えてみてはいただけませんか?」
魔界の王だというポポのことを私は知らない。
顔を見たことさえない。
それでも……。
もし彼のところへ行ったら、また『股の緩い女』と思われてしまうだろうか? いや、それでもいい。もはや縁の切れた相手からどう思われようが……正直そんなことはどうでもいいことだ。貶められる? やはり、と馬鹿にされる? いやいや、私の評判などもはや崩れ去ったようなもの。これ以上悪化することはない。
――ならば。
「そうですね。前向きに考えてみたいです」
私はそう返事した。
それから数日、魔界から迎えの隊列がやって来る。
私はそれらに囲まれながら国を出る。
魔界へ行くのだ。
◆
あれから十数年、私はポポの妻として魔界で暮らしている。
二人の子どもにも恵まれた。
夫とは気が合った。
かつて暮らしていたあの国へは、もう、十年以上戻っていない。
最初は慣れないことがたくさんだった。魔界のことなんてまったく知らなかった私にとって、そこは異国中の異国で。そこの文化も礼儀もまったく知らず、すべてがゼロからの始まりで。苦労もしたけれど、いつも夫であるポポが支えてくれて、おかげで心折れることなく生きてこられた。
それと、私の担当になってくれた侍女フォーリエ、彼女にも感謝している。
気難しそうで眉間にしわを寄せたような顔つきが完成してしまっている彼女は、淡々としていて時に厳しいが、私が本当に困っている時にはいつも力になってくれた。
どんな時も味方でいてくれた彼女の存在も大きかった。
私がかつていたあの国は、今はもうないそうだ。他の国から侵略され、王族は色々な形ではあるが皆殺害されて――国民にも被害が出て、国土は他国のものとなったのだそう。
でも私は生きている。
婚約破棄されるなんて不運だと思った瞬間もあったけれど、結果的にはそれによって救われたとも言える。
ちなみにアンドリアンはというと、敵が城に迫る頃、妻は置いて愛人数名と共にこっそり城を脱出したそうだ。
だが、屋外で潜んでいる時に我慢しきれず愛人たちと関わりを持ってしまい、その声によって敵兵に発見されたらしい。
結果――半裸で拘束され、恥をかくこととなったそうだ。
◆終わり◆




