裏で仲を深めていた婚約者と女性、婚約破棄後、私を泥の中へ押し倒しました。けれどもおかげで素晴らしい人に出会えました。
婚約者エッフェリオは私を裏切った。
裏で他の女と深い関係になっていたのだ。
「お前との婚約は破棄! いいな、二度と俺の前に顔を晒すな!」
でも、それだけであれば、まだ良かった。
けれど現実は厳しく。
エッフェリオとその相手の女性ホーネンは私を泥置き場へ呼び出すと二人で私の身を泥の中へ押し倒したのだ。
「そうよぉ。貴女みたいなじみ~な女性はせいぜいそういうところでじっとしていなさぁ~い」
エッフェリオとホーネンは泥まみれになった私を見て散々笑った挙句、二人で腕を組み甘い言葉を交わしながら去っていった。
去り際、二人は振り向かなかった。
私はただ泣いて泣いて泣き続けた。
哀れで。
みっともなくて。
愚かで。
自分に腹が立つ――。
こんな泥の中においやられるくらい舐められていた私を許せない。
だが。
「あの、どうしました? こんなところで」
泥にまみれて泣いていた私の前に一人の青年が現れた。
こんなに汚い私にであっても、彼は迷うことなく手を差し出してくれている。
「え……」
「大丈夫ですか? 危ないですよ、こんなところにいたら」
「すみません、放っておいてください……」
「あの、取り敢えず、身体だけでも洗ったらどうです?」
彼は私にとって太陽だった。
けれどもそれゆえ眩し過ぎて。
真っ直ぐには見られない。
けれども、彼の手を握れば、立ち上がることはできた。
「浴場へ行きましょうよ、そこで身体を洗ってください」
「……はい」
その後有料の大衆浴場へ向かった。料金は彼が払ってくれたので持ち合わせがなくても困らなかった。大衆浴場というところがあることは知っていたけれど、入って利用するのは初めてで、戸惑いもあった。万が一してはならないことをしてしまってはいけないので、係のおばあさんから色々話を聞いて、怒られないよう気をつけながら身体を洗った。
そこから出るとおばあさんが汚れていない服を持っていて。
お兄さんがこれを、と言っていたらしく、私はそれを着て良いこととなった。
ちなみに、泥にまみれた服は、おばあさんが勝手に袋に入れてくれていた。
「わ! 綺麗になりましたね」
「すみません……服まで……色々」
「いえいえ。すっきりされて。素晴らしいですね」
「え。あ……ありがとうございます」
その後青年がローゼという名だと知った。
「この後、よければ食事でも。どうです?」
「あの……持ち合わせがなくて」
「奢りますよ」
「と、取引ですか!? 後からその件を持ち出して何かを強制しますか!?」
「まさか、しませんよそんなこと」
ローゼと食べたのはサンドイッチ。
しかし普通のそれではない。
高級感のある具が多いサンドイッチだ。
彼といると心の傷が薄れてゆくかのよう……。
そこで私はエッフェリオとホーネンについて話した。
「そんなことが……!?」
「はい」
「それは……気の毒でしたね」
「何だかすみません、こんな楽しさのない話ばかりしてしまって」
暗い雰囲気にしてしまって申し訳ない。
けれどローゼは怒らなかった。
「まさか。嬉しいです、話を聞かせていただけて」
「そうですか……?」
「もちろん。話を聞かせてもらえると信頼していただけたみたいで嬉しいですよ」
「そう、ですか……」
その日はそこまでで別れたけれど、次に会う約束もした。
私の心は晴れていた。
また彼に会える、それが何だかとても嬉しかった。
その後母から聞いた話によると、エッフェリオとホーネンはあの後謎の覆面男らに突如襲われて虐められた後に殺められたそうだ。
二人で路地裏でいちゃついていたところ急に囲まれ襲われたそうで。
そのまま山奥の小屋へ連れ去られ。
そこで、エッフェリオは男らのストレス発散の道具として殴る蹴るされたまま放置されて亡くなり、ホーネンは逆さに吊られて百回鞭で打たれて男らにけらけら笑われながら死亡したそうだ。
で、なぜそのことが発覚したかというと。
通行人がたまたま扉の開いていた小屋に入り込み、そこで、亡き人となっている二人を発見したのだそう。
私を泥に押し込んだ二人はこの世にもういない。
それは嬉しいような悲しいようなことだ。だってもう彼らに復讐することはできない。いや、でも、それで良いのかもしれない、とも思う。だって、生きている彼らを目にしたら、私はきっと復讐したくなってしまう。でも彼らがこの世からいなくなったのなら私が復讐のため手を汚すことも絶対になくなる。
ある意味幸運だったのかもしれない。
そして明日、私はローゼと会う。
楽しみだ。
早く彼に会いたい。
◆
あれから三年と四十六日。
私は今、ローゼと、正式に夫婦となっている。
また、先日第一子が誕生した。
周りから温かく祝われ、とても幸せな気持ちだ。
きっとこれから忙しくなるだろうけど――それでも一つずつ乗り越えていこうと思う。
私が人として生きる道を与えてくれたローゼと共に。
光ある道を行こう。
◆終わり◆