婚約破棄された令嬢、溺愛される。~意外な形でやってくる幸福~
「貴様とはもうやっていけん! よって、婚約は破棄とする!」
エリカ・アンドレナは婚約者からそう告げられた。
ある暖かい日のことだった。
「そんな……どうして……」
「もう貴様とはいたくないんだ」
「そう、ですか……」
エリカは俯くが涙はこらえる。
ここで泣いてはいけない、とでも思ったのだろう。
「それでは……失礼、します」
丁寧に一礼して、エリカは部屋から出た。
そう、婚約者の部屋から。
婚約者の部屋は彼女にとって特別な場所だ。最初は緊張しきった状態で訪ねていたが、徐々に慣れ、いつしか心温まる場所となった。彼女はいつもそこへ行くことを楽しみにしていた。
だがそれも終わってしまった。
エリカはもう二度とそこへは来ないだろう。
いや、来られないのだ。
なぜなら、彼の婚約者ではなくなったから。
「う……うう……」
彼の家を出てすぐ、彼女は泣き出した。それまでは懸命に涙をこらえ平静を装っていたのだが、一度泣き出してしまうとどうしようもなく涙がこぼれ、声を止めることさえできなくなってしまったのだ。彼女の涙を止めるものはもはや存在しなかった。
そんな彼女は、泣きながら道を歩いていると、狼型魔物に襲われる。
「え……」
噛みつかれ、肩に痛みが走る。
しかしエリカは抵抗しない。
どうせ希望はない、それならここで……。
そう思っていたのかもしれない。
薄れてゆく意識の中、彼女は、一つの影を見た。
◆
「気がついたようですね」
エリカが意識を取り戻した時、見知らぬ女性が話しかけてきた。
「肩が痛むでしょう、まだじっとしている方が良いかもしれませんよ」
「あ……あの、これは一体……」
「魔物に襲われていたのです、覚えていませんか」
「あ、あぁ……確かに、少し……ぼんやりと、覚えています」
「抵抗しないとはなかなかの度胸ですね」
眼鏡をかけたその女性は淡々とした喋り方をする。
「その……助けてくださったのですか」
「はい」
「ありがとうございました……」
すると女性ははっきりと言う。
「貴女が好みだったから、それだけです」
それを聞いてエリカは驚いた。そんな理由もありなのか、と。
「えっと……」
「よければしばらくここにとどまりませんか?」
「あ、はい! ぜひ!」
どのみち希望のないエリカはしばらくそこで生きることを決めた。
それからというもの、エリカは姫のように扱われた。
眼鏡をかけた女性は冷静で落ち着いた人。しかしながら女性の扱いに長けており、どこまでも丁寧に扱ってくれる。そこらの男性よりずっと紳士的だ。
「あの……色々していただいて、申し訳ない……です……」
「良いのです。させてください」
「あ……でも、その……」
「嫌ですか?」
「いえ! そういうわけでは! とても嬉しいです!」
◆
それから五年、エリカは今も眼鏡の女性と暮らしている。
彼女は実家へ戻ることは選ばなかった。なぜなら、母親とあまり仲良くないからだ。母親は悪人ではないのだが、エリカがすることにいちいち口出ししてくるところがある。しかも熱量が凄く。強い調子で言葉を投げてくる。それゆえ、婚約破棄されたとなったら、また絶対に色々言われる。そういうこともあって、エリカはあまり親のところへ戻りたくなかった。
だからこの人生を選んだのだ。
一方、エリカの元婚約者はというと、エリカに婚約破棄を告げた翌日亡くなった。
死因は刃物で刺されたこと。
昔の恋人だった女性に夜道で襲われたのだ。
悲鳴さえ誰にも聞かれず死んでゆく。
あっけない最期だった。
◆終わり◆




