私はキープだったのですね? そうですか、なら婚約破棄で結構です。それぞれ別に生きていきましょう。
昔からの知り合いである同じ年の男性フォッツァレと婚約した私は、将来についてあまり深く考えてはおらず、それゆえ彼と共に幸せに生きてゆけるものと当たり前のように思っていた。
しかし、ある晴れの日の昼下がり、告げられてしまう。
「お前との婚約なんだが、破棄することにしたから」
重大なことを発言する。
恐らく緊張する状況だろう。
けれども彼は冷静で。
驚くくらい、違和感を覚えるくらい、さっぱりとした様子だった。
「え……婚約破棄ですか?」
「ああ、そもそもお前との婚約は一応だったんだ。万が一相手ができなかった時のための婚約。最初から、良い人との縁ができれば破棄するつもりだった」
愚かな私はその時になってはじめて気づいた。
愛されてなどいなかったのだと。
そして、初めから、彼は私と共に生きようとは思っていなかったのだと。
「そんな……でももう結婚式まであと数週間ですよ?」
「式くらい簡単だ、キャンセルするさ」
「ですがお金は」
「返金してもらえるだろうよ。安心してくれ、そうなるよう言っておく」
安心? できるわけない。確かに、返金されれば経済的には安心できるかもしれない。でも、もしそうなったら、心はきっと傷ついてしまう。それで安心? できるか? そんなこと。
フォッツァレは結局自分のことしか考えていない。
だからそんなことを平然と言えるのだ。
私のことなんてどうでもよくて私の気持ちのことなんて欠片ほども考えていないのだ。
悲しいけれど、フォッツァレにとっての私はその程度の女なのだろう。
「ま、そういうことだから。縁はここまでだ。今までありがとな、さよなら」
彼はそう言って私を振り払うように話を終わらせた。
どこまでも切なく、どこまでも悲しい。
だってもう彼とは生きられないのだ。
◆
「大丈夫? あまり落ち込まないでよ」
「母さん……大丈夫、心配しないで」
婚約破棄を告げられた日の晩、私は熱を出した。
それからしばらくは体調がすぐれなくて。
親にも心配させてしまった。
特に母には色々迷惑と心配をかけてしまったと思う。
でも段々回復してきた。
「食べ物、ここに置いておくわね」
母はいつも私を見守ってくれる。
そんな彼女には、密かながら、いつも感謝している。
「ありがとう! あ、そうだ。母さん、今日、ちょっと散歩してきていい?」
もうずっと自室にこもっているような生活だったけれど、いつまでもそんなでは駄目だと分かっている。
だからこそ、いつかは一歩を踏み出さなくてはならない。
新しい時代への、明るい未来への、第一歩を。
「あら、珍しい」
「ちょっと久々に外の風とか浴びたいなーって」
「いいじゃない! いってらっしゃい。でも、あまり遠くまで行っちゃ駄目よ?」
「うん、早めに帰る」
「気をつけてね」
そうして私は散歩に出掛けたのだが、その最中に怪我している男性を助けた。で、その結果、その男性と縁を得て。彼は数日後お礼の品を持ってきてくれたことをきっかけに定期的に関わるようになり、やがて結ばれた。
「まさか彼と結ばれることになるなんてね」
「私も驚いているわ」
「でも良かった、嬉しそうで。親としてはね、娘の嬉しそうな顔を見られるのが一番嬉しいものなのよ」
「ありがとう母さん」
こうして幸せな結婚をできた私だったが、一方で、フォッツァレは幸せにはなれなかったようだ。
というのも、結婚詐欺に遭ってしまったようなのである。
惚れ込んだ女性と結婚するためにかなりのお金を注いでいたフォッツァレだったが、結婚式直前に逃げられてしまい、お金を失うだけで終わることとなってしまい――その一件によってフォッツァレは精神を病み、人間不信になってしまったそうだ。
今の彼は、人を信じられず、日々湧き上がってくる被害妄想に悩まされているらしい。
◆終わり◆