薬屋の娘だった私は婚約者に切り捨てられてしまいましたが、その後ある案件から王子との縁を得ることができました。
私は薬屋の娘。
自然ななりゆきで父が営む薬屋の手伝いをしながら育ってきた。
そのため薬にはかなり詳しい。
特に、この年齢の女性にしては、非常に詳しい方だろう――自分で言うのも自画自賛のようで少々おかしいかもしれないが。
「あら、お父さんはいないの?」
「はい。今は留守番中です。父は薬草を集めに出掛けています」
こんな私にも、実は、婚約者はいる。
彼の名はディヴァーという。
年齢は彼の方が三つ上である。
親戚の紹介で知り合い、私がそういう年になっていたということもあって婚約することとなったのだ。
「あらそう~、じゃあ今は無理かしら」
「どのようなご用でしょうか?」
「実はね、うちの子が腹痛が酷くてね」
「あ、腹痛でしたら、良い薬がありますよ」
「本当!?」
ディヴァーとの婚約に私の意思はあまり関係なかった。
ほぼ勝手に決まってしまったようなものだ。
でも、ディヴァーが私に対して良い印象を抱いてくれたようだったので、そのことは嬉しかった。
「こちらです」
「子どもでも飲めるのかしら」
「はい、こちらはお子さんにもよく出されています」
「じゃあそれを試してみるわね」
「ご購入ありがとうございます、お大事に」
だが。
その日、ディヴァーから呼び出しがかかり、特に深く何も思わないままで彼の家へ行ってみると。
「ごめんだけど、婚約、破棄するわ」
彼は顔の前で両手を合わせてさらりと謝るような感じで言ってきた。
「婚約破棄……?」
「ああ、そういうこと」
「え、あの、それは……さすがに、急過ぎません……?」
「急でも何でも関係ないでしょ」
今日のディヴァーはいつになく心ない目つき。
まるで私のことなんて大嫌いだと言っているかのようだ。
彼がこんな人だったなんて知らなかった……。
「薬にしか興味のない女なんて一緒にいても楽しくないよ」
「……ディヴァーさん」
「ま、そういうことだから、これで終わりにしよ? じゃあね」
こうして私はディヴァーに別れを告げられてしまった。
その後、彼が私と顔を合わせることはなかった。
伯父の知り合いのそういうことに詳しい人が協力してくれたため、ディヴァーに償いの金を支払ってもらうことはできたけれど。
結局ディヴァーとは話すことはできず。
そのまま彼との関係は完全に終わりを迎えることとなってしまったのだった。
それからはまた毎日薬屋で働いた。
特に何をするでもないので。
一日中父の手伝いをしながら過ごしていた。
そんな風にして暮らし、婚約破棄からちょうど一年ほどが過ぎた頃。
「初めまして、貴女がこの家の娘さんですか?」
「え……あ、はい」
「ここの店主には素晴らしく優秀な娘さんがいると聞きまして、それで、問題を解決していただきたく思い来ました」
よさげな身形の人がやって来た。
これまで何度も顔を合わせた常連客ではない。
恐らく、初めてのお客さんだ。
「用件は何でしょうか」
「実は、僕の妹がよく分からない病にかかってしまいまして」
「よく分からない……病、ですか」
「そうです。よければ、城へ来てくださいませんか」
「え!?」
「僕は王子なのです」
「王子……って、えええ! 誠ですか!? なぜそのようなお方がここに!?」
ここは平民のための薬屋だ。
そして地域の人たちのための薬屋でもある。
そこに王族が現れるなんて。
まったくもって理解できない、脳が追いつかない――こんなことは初めてで。
「よければ城へ来てください」
「え……と、あの」
「できればご両親にお話をさせてください」
「あ、はい……」
その後私は彼と共に城へ向かった。
そして彼の妹である王女と対面する。
まるで輝く女神であるかのような王女、可愛らしく美しい彼女は、病に伏せ痩せ細っていた。
見ていてあまりに気の毒で。
彼女の対応の丁寧さも相まって、できるなら彼女の病を何とかしたいと思うようになった。
彼女から症状についてしっかりと聞き込み、効果がありそうな薬草を集める。そして一つずつ彼女に飲んでみてもらう。どれが効果があるかは分からないが、効きそうなものから順に、飲んでもらった。
その結果、王女は健康を取り戻した。
「ありがとうございます、本当に……回復してきました」
王女は徐々に笑うようになった。
するとより一層美しくて。
多分私がこれまで見てきた女性の中で一番美しい人だ。
「感謝しています。本当に。本当に……ありがとうございます」
その後色々あって私は王子と結婚。救った王女と親戚になることができた。いやもちろんそれを狙っていたわけではないけれど。流れに乗っていたら自然とそういう形になったのだ。
ちなみにディヴァーはあの後風邪をこじらせて亡くなったらしい。
医師が紹介した薬を「絶対に飲むものか! 薬など毒! どんな病も自分の力で治してみせる!」などと言って飲まず、その結果状態が急激に悪化し、死に至ったらしい。
◆終わり◆