彼女と真剣交際することにしたから、と、婚約者に婚約破棄を告げられてしまいました。~幸せな未来を掴むのは誰でしょうね~
婚約相手ポレ・フォットヴェーヴィに珍しく呼び出された。
また珍しいこともあるものだなぁ、と思いつつ、彼の家へ行ってみることに。
するとそこではポレと知らない女性が待っていた。
「今日は重要な話があって呼んだんだ」
「あ、そうなんですか。それでそちらの女性は……?」
「先に本題を言わせてくれ」
「本題? はい。構いませんよ、何でしょうか」
金髪碧眼の美しい女性はポレの腕に細い両腕を絡めながらじっとこちらを見ている。その目つき表情はまるで警戒心を隠さない小動物のよう。目つきから優しさは感じられないが、だからといって敵意を向けてきているわけでもない。
「あんたとの婚約なんだが、破棄することにしたんだ」
ポレははっきりとそう言った。
思わず口をぽかんと空けてしまう。
「理由は一つ、こちらの女性メアリーさんと真剣に交際していくことにしたんだ。そこでまずあんたとの関係を解消することにした。それが第一歩だからな」
「婚約破棄……?」
「ああ、そういうことだ。もちろんそちらに拒否権はない、そういうことは男が決めるのが当然のことだからな」
「ええ……」
「あ、一応言っておくが、もしメアリーに嫌がらせなんかをしたら絶対に許さないからな。そんなことしてみろ、地獄へ落とすからな」
どうしてそんなことを言うのだろう……。
つい先ほどまで婚約者だった人相手に……。
「そのようなことはしません」
「物分かりがよくて助かる。では、あんたは今すぐ出ていってくれ。俺、本当は、メアリーさんにあんたのそのダサい顔を見せたくなかったんだ。本当は、な。だから早く去ってくれ」
「……分かりました。では失礼します」
私は二人の前から去る。
その時の私には、それしか選択がなかった。
「本当に良かったのぉ? 婚約破棄だなんて、困らない? わたしぃ、ポレに迷惑かけてないかしらぁ」
「大丈夫だ、気にするな。婚約破棄だって、決めたのは俺だし。メアリーはなーんにも悪くないっ」
「そう……なら良かったぁ~」
「安心していいんだ」
「嬉しぃ~、ポレったらぁかっこいいのぉ~」
仲良さげな二人の会話が聞こえてくると胸が痛くなる。
でも振り返りはしない。
そんなことをしたらもっと胸が痛むような気がするから。
「絶対結婚しようねぇ!」
「ああそうだな」
必要以上に苦しいことを体験する必要はないだろう。
「わたしをあんな風にしないでよぉ」
「いやいや! 絶対ない! だってだってさ、メアリーはあいつとは違うだろ。俺に相応しい素晴らしい女性だ!」
だから、聞こえていても聞こえないふり。
「嬉しいわぁ、認めてもらえてぇ」
「だから、さ。今夜も二人きりで色々楽しもうぜ? いいか?」
「そうねぇ~ちょっと恥ずかしい、けどぉ……ポレが望むのなら何でもするわぁ!」
「よっしゃ決まり!」
たまには無視することも必要なのだ。
そうすることで己を救えるのなら。
◆
その次の日、私は、自宅の庭先で木の枝を切っていたところ家の前を通りかかった青年に見初められた。
「惚れてしまいました! どうか、生涯を共にしてください!」
いきなりそんなことを言われた時には驚いて転倒しそうになったくらいだったけれど。
異国からやって来たと話す彼と色々話してみたところ案外気は合って。
「楽しくない……ですよね?」
「いえ、意外と楽しいですよ。あっ、意外、とか失礼ですよね」
「ああそれは気にしないでください! 無理言って関わっていただいているのは僕の方ですので!」
それから徐々に惹かれるようになっていって。
人生における多くのものが変わってゆく――。
◆
結婚から二年半が経った。
しかし今も夫婦仲は良いままだ。
関係は少しも悪化していない。
庭で出会った彼が夫である。
名はオレゴンという。
あの頃はいきなり過ぎて色々戸惑いも感じていたけれど、今は、彼と巡り会えたことに何よりも感謝している。
「ねぇ見て!」
「え」
「可愛いハーブ摘んできた!」
「オレゴン!? 何それ!?」
「前に言ってたやつ、生きてるハーブだよ」
私は今はオレゴンの出身国に住んでいる。
でもここでの暮らしにも慣れてきた。
はじめは戸惑いもあったけれど今ではすっかり馴染んでいる。
言語が共通だったのはありがたかった。
言語が分からないとコミュニケーションが難しかっただろうから。
「ああ、それ……」
「え、何だかあまり嬉しくない感じ?」
「まさか。そんなことないわよ。でも、ちょっと、驚いたの。いきなりだったから」
「そっかぁ」
「れいのハーブって、そういう感じだったのね。うねうねしているわね」
「あはは、こういうものなんだよ」
「見せてくれてありがとう」
オレゴンは私にいろんなものを見せてくれいろんなことを教えてくれる。
「匂い嗅いでみる?」
「ええっ……」
「嫌? あ、ちょっと怖いかな。慣れていないと不気味だもんね」
「か、嗅いでみる!」
「ホント? 大丈夫?」
「ええ。少し怖いけれど、でも、どんな香りか気になるわ」
「はいっ」
「よ、よし……嗅ぎまーっす!」
ちなみに、ポレとメアリーはあの後結婚できずじまいだったようだ。
「――ああ! いい匂い!」
「でしょ?」
「ええ! ちょっとうにうねしてて気持ち悪いけど……」
「あはは。それはまぁ慣れだね」
「そうね、見慣れれば平気になるのでしょうね」
「多分!」
メアリーの実家が少々問題のある家だったようで。
そのせいでポレの両親がメアリーとの結婚に激しく反対したらしくて。
それでもポレとメアリーは結ばれようと努力していたようだけれど、最終的にはポレの両親によって強制的に結婚できないようにされてしまったようだ。
ポレはその後両親と衝突し、ある晩言い合いになった流れで両親をボコボコにしてしまい、その結果暴行の罪で逮捕されてしまったらしい。
一方メアリーはというと、ポレと引き離されたショックで五歳より後の記憶をすべて失ってしまったらしい。
あんなに幸せそうにしていた二人なのに結ばれることさえ叶わなかったのだから、運命とは分からないものだ。
◆終わり◆