ハエトリグモだけが友達だった私は、それを理由に婚約者から婚約破棄されてしまい……?
幼い頃からハエトリグモだけが友達だった。
家があまり裕福でなかったこともあって周囲からは馬鹿にされることが多く仲良しにはなかなかなれなくて。
そんな孤独な私の心を支えてくれていたのは、自宅にいた野生のハエトリグモ。
彼ら彼女らはいつだって私に寄り添ってくれた。
貧しめな人間のことも馬鹿にはせず、気ままに、その愛らしい姿を見せてくれていた。
「君、ハエトリグモと仲良しだそうだな」
ある日のこと、婚約者ヴィヒヴァスがそんなことを言ってくる。
そんな話題を振られるなんて意外だった。
これまでは一度もそんな話になったことはなかったから。
「え? あ、はい、見ているのは好きですよ」
一応素直に本当のことを答えてみる。
すると。
「あり得ん!!」
ヴィヒヴァスは鼻の穴を大きく広げて叫んだ。
「ええっ」
思わず漏れる声。
それは本心だ。
「ハエトリグモが好きな女など女ではない! 蜘蛛だぞ? そんなものを好きなやつなどどうかしているしまず女性ではない!」
「えええー」
「当たり前だろう! 素晴らしい女性は蜘蛛を好んだりはしない!」
「そんなことを言われましても……」
「よって! 婚約は破棄とする!」
「ええっ!?」
鼻の穴二つともを大きく開いたヴィヒヴァスははすはす鼻息を漏らしながら婚約の破棄を宣言してきた。
力み過ぎではないだろうか……。
見た目は完全にお笑い。
しかし彼は真面目な思考で言っている様子。
恐らく冗談やネタではないのだろう。
「婚約は破棄! 婚約は破棄っ! 婚約はぁぁぁぁ――破棄ィッ!!」
思わず笑ってしまいそうだった。
だってそうだろう? 今の彼の行動は普通考えられないものだ。婚約破棄の宣言だけならまだしも、それをやたらと大声で連呼するなんて。そんなこと、よくあることか? いや、滅多にないことだろう。それも、子どもでもないのに。
しかし、これからどうしようか。
ハエトリグモ好きがばれたら男性とはやっていけないのだろうか?
◆
ヴィヒヴァスとの婚約破棄から三年が経った昨日、私は、ハエトリグモ研究に打ち込んでいる若き研究者と結婚式を挙げた。
彼との出会いは、ある日の昼下がり。
彼がたまたま私が住む町へ蜘蛛の調査のためにやって来ていて。
そこで少し言葉を交わしたのが始まりだ。
それから、共通の興味があることをきっかけに関係が深まり、やがて結婚にまで至った。
ちなみにヴィヒヴァスはというと、あの後見合いでとても気に入った女性から顔立ちを酷く否定されたうえ拒否されてしまい、すっかり自信をなくしてそれ以降女性に顔を見られることが怖くなってしまったそうだ。
今はもう、女性と対面するだけでも震えが来るほどらしい。
◆終わり◆




